6階の「パークビューガーデン」、9階の「スカイガーデン」といった
空中庭園が整備されている
三井不動産(株)をはじめとした不動産大手は、東京・日比谷、大手町、渋谷エリアで生物多様性の取り組みを積極化している。先進的な事例としては、公園と一体で屋上緑化を行った1995年開業の「アクロス福岡」があるが、近年は都心の再開発などを契機に、生物多様性に取り組む動きが目立つ。大手が都心で生物多様性に取り組む背景には、テナント企業ニーズの変化や再開発事業の円滑化、資金調達の多様化といった側面もある。具体的な事例を見ていこう。
鳥や生き物の来訪調査
三井不動産(株)が手がけ、2018年3月に開業した「東京ミッドタウン日比谷」は、今年3月末時点までに累計で約1億1,200万人が訪れた。同社が掲げる「経年優化(けいねんゆうか)」を実現すべく、開業時から生物多様性への取り組みを行っている。具体的には、日比谷通りを挟んで隣接する日比谷公園と同様の在来種の樹木を取り入れるとともに、生き物に配慮した植栽計画を実施。緑化面積は約2,000m2で、敷地に対する緑化の割合である緑化率は約40%を実現している。
1階の屋外ステップ広場は、日比谷公園との連続性を配慮した植生としており、5月から石積み蛇篭を設置してトカゲなどの住み処としている。6階にある会員制ビジネス拠点「BASE Q」のテラスに鳥の巣箱を設置して、どのような種類の鳥が営巣するのかなどを確認する。鳥が巣をつくるのは、来年3月頃になると見込んでいる。また、6階の「パークビューガーデン」には、鳥が水浴びするバードバスを設置。6階から9階にかけて壁面緑化も行っている。9階に設置しているテナント向けの「スカイガーデン」には、緑化に加え、枝を使ったエコスタックや石積み蛇篭、バードバスを設置している。「9階は1階や6階に比べると鳥や生き物の来訪が少ない。導線をつくる必要がある」(三井不動産)という。
音声で検知する「Koe Turri」
1階、6階、9階の野外空間に、鳥の来訪を音声で検知する「Koe Turri」を導入。音声データと方向データをクラウドで送信し、音声解析AIで鳥の種類を判別する。明け方や夕方に複数の種類の鳥が来訪しており、今後は鳥がどこからきて、どこへ行くのかなどを調査する。そのために、東京都市大学の北村亘准教授が「東京ミッドタウン日比谷 生物多様性アドバイザー」に就任。北村准教授は9月1日~14日までに現地調査を実施し、ムクドリやオナガなどの野鳥の来訪を確認している。北村准教授は、「日比谷公園に面しており、6階から9階は鳥や生き物の1つの生息場所になる。もっと多くの生き物を呼べるようアイデアを出していきたい」という。
東京ミッドタウン日比谷の新たな顧客体験として、生き物の生態状況を館内サイネージで発信するとともに、26年3月には鳥を観察するイベントを開催する予定だ。内容はこれから具体化するが、最も鳥がいる明け方近くにミッドタウンと日比谷公園を使ったイベントを検討している。
水辺空間整備でも配慮
東京ミッドタウン日比谷での生物多様性の取り組みは、三井不動産、中央日本土地建物(株)ら10社が手がける日比谷公園と(株)帝国ホテルなどの一体再開発事業「TOKYO CROSS PARK構想」での植栽計画に反映していくことも検討している。
三井不動産は、戦略地域である東京・日本橋においても緑化を進めている。1,000m2超の「福徳の森」など6物件の緑化面積は、1990年代と比べて4.4倍に増加している。また、三井不動産サステナビリティ推進本部の竹澤正浩氏によれば、「日本橋室町三井タワー」と「福徳の森」で生物調査も実施しており、アゲハチョウやシジュウカラなどの生き物を確認しているという。現在、日本橋川周辺では複数の再開発が計画・進捗しており、川の上を通る首都高速の地下化にともなって、水と緑の空間「日本橋リバーウォーク」を整備。在来種の保護などを通じて、水辺に多様な生物が棲む空間にする方針を示している。
2006年の再開発を契機に緑の空間「福徳の森」を整備した
オフィス街で緑倍増
日本有数のオフィス街である東京の大手町・丸の内・有楽町(大丸有)エリアにおいても、緑化による生物多様性の取り組みが進んでいる。再開発から11年が経過した「大手町タワー」(東京都千代田区大手町1丁目)の敷地内に「大手町の森」がある。東京建物(株)が手がけ、14年4月に竣工した「大手町タワー」の敷地面積の約3分の1、約3,600m2を緑化した。オフィスビルなどの植栽は、建物の竣工時点から次第に育っていくのが一般的だが、「大手町の森」は千葉県君津市内の森で約3年間をかけて実際に木々や植物を育成する「プレフォレスト」という手法を採用。建物の竣工に合わせて土壌や植物を移植し、自然の森に近いかたちでの管理を継続している。
森の効果として、雨水を一時貯留することができ、「大手町の森」の雨水貯水能力は総計約1,000m3。ゲリラ豪雨の際に、内水氾濫を防ぐ効果が期待されている。また、開発前のシミュレーションでは、敷地内の平均気温が1.7℃低下、敷地周辺でも0.3℃低下すると算出している。東邦レオ(株)の調査によると「大手町の森」の樹木は、大丸有エリア全体の樹木に対し、本数では約5%だが、年間CO2吸収量は約21%(約18t)、総炭素貯蔵量は約47%(約65t)を占めるという。
「大手町の森」は、生物多様性にも貢献する。「大手町タワー」が一次竣工した13年に117種だった植物類は、環境に合わせた適者生存・競争の結果、21年には208種にまで増加。このなかには、シロヤマブキ、ヤマブキソウ、アスカイノデ、イカリソウなど、国や東京都のレッドリストに掲載される希少種も含まれているという。また、昆虫類では同様にウラナミアカシジミ、セスジイトトンボなど129種、鳥類はタカやハヤブサなど計13種が確認されている。
東京建物と国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所(森林総研)は、「大手町の森」における都市緑地が、人々のウェルビーイング(心身の良好な状態)向上に与える影響を科学的に検証することを目的とした共同研究を実施している。オフィス街に設置された都市の森が人々のウェルビーイング向上に与える影響を、バイタルデータによって科学的に検証する初の取り組み。森林総研とデベロッパーによる共同研究は初めてだという。
オフィス街の緑は、周辺で働く人へのストレス軽減や創造性の向上といった効果も期待されている。三菱地所(株)は、大丸有エリアの緑地面積が1975年と比べて倍増したことで、生物多様性への貢献度合いなどを調査した。同社グループの保有物件の緑地がある場合とない場合とで、周辺の緑地との接続性を評価した結果、皇居を中心とした緑のネットワーク・接続性の強化への貢献に対して、積極的な影響を与えていることが確認された。皇居を中心とした周辺地域の生物多様性、生態系に対し、同社グループが保有する物件の樹木の植栽が積極的な影響を与えているという評価を得ている。
オフィステナントなどが参加して行う皇居外苑濠における水辺環境改善・生態系保全「濠プロジェクト」のほか、大手町ビル屋上などでミツバチを飼育して、その蜂蜜をエリア内の飲食店などへの食材やお土産として販売する「丸の内ハニープロジェクト」などの活動も行っている。
200億円の資金調達
渋谷は現在、100年に1度の再開発が進んでいる。渋谷駅を中心に約2.5kmのエリアを「広域渋谷圏」と位置付けて、東急不動産(株)や東急(株)が中心となってまちづくりを行っている。東急不動産は、このエリアの生物多様性に与える影響について検証・分析。生物多様性に取り組むことが、これからのビジネス拡大に有望だと判断している。
渋谷駅直結の「Shibuya Sakura Stage(渋谷サクラステージ)」は、代官山や恵比寿へのアクセス性が良い桜丘エリアの約2.6haの敷地を一体的に整備し、24年7月に全面開業した。屋外広場である「はぐくみSTAGE」は生物多様性に配慮した緑地で、健康的な心の余白を育むとしている。
原宿の商業施設「東急プラザ表参道『オモカド』」の屋上庭園「おもはらの森」に巣箱を設置。12年から毎年行っている取り組みで、17年に初めてシジュウカラの営巣が確認できたという。近隣の明治神宮や新宿御苑、赤坂御所など緑が多いエリアがあり、鳥が立ち寄れる緑地となっている。バードバスや多種多様な植栽の設置など、これまで10年以上に渡り生物多様性の保全を実施し、延べ22種類の鳥類、151種類の昆虫を観測している。
Webページで、商業施設「オモカド」での
生物多様性の取り組みを情報発信している
東急不動産ホールディングス(株)は、7月に「グリーンボンド」と「サステナビリティボンド」を発行し、合計200億円を調達した。資金用途は、前述の「Shibuya Sakura Stage」「オモカド」のほか、「東急プラザ原宿『ハラカド』」や複合施設「Forestgate Daikanyama」、オフィス「渋谷ソラスタ」の設備資金や維持管理費用などに充てる。
「ハラカド」は、「オモカド」の神宮前交差点向かいにあり、緑豊かな屋上テラスを整備。樹木やハーブ類主体の植栽、人口地盤緑地などにより、来館者のウェルビーイング向上、生物多様性への貢献があるという。「Forestgate Daikanyama」は、多くの緑を配置し、屋上や屋内で野菜を栽培している。「渋谷ソラスタ」は、スカイテラスに鳥の巣箱の設置や在来種の植栽を通じた、昆虫や鳥などの東京の生き物に適した環境を回復させる取り組みを行っている。
生物多様性、3つの利点
大手不動産会社が都心で生物多様性を進める理由をまとめると、次の3つが浮かび上がる。まず、オフィスや商業施設の利用者に訴求して、差別化を図っていることが挙げられる。緑が少ない都市中心部だからこそ、緑が価値をもち、それにともなって多くの生き物が集まることで、人々の憩いの空間が形成される。2つ目は、物件の経済的な価値の維持・向上だ。オフィスであれば、テナント満足度を上げることで「空室リスクを低減することができる」(三井不動産)ほか、商業施設であれば来館者の安定や増加につながる。また、生物多様性はテナントや来館者による物件への愛着を生み、その評判が新たな再開発事業において周辺住民や行政などへの理解につながる。最後は、資金調達手段の多様化だ。緑化や生物多様性の取り組みが金融市場で評価され、それらを目的とした債券発行ができる環境が整っている。
<プロフィール>
桑島良紀(くわじま・よしのり)
1967年生まれ。早稲田大学卒業後、大和証券入社。退職後、コンビニエンスストア専門紙記者、転職情報誌「type」編集部を経て、約25年間、住宅・不動産の専門紙に勤務。戸建住宅専門紙「住宅産業新聞」編集長、「住宅新報」執行役員編集長を歴任し2024年に退職。明海大学不動産学研究科博士課程に在籍中、工学修士(東京大学)。

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