台湾有事論争の行方:トランプ大統領の高市首相への圧力(後)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 参政党も国民民主党も外国人による不動産取得税の導入を公約に掲げているわけですが、いずれも中国が日本包囲どころか日本占領という隠された意図をもっていることへの注意喚起と対策強化という位置づけに他なりません。

 また、オースティン前国防長官の来日時の発言も見逃せません。曰く「世界は大きく変わりつつある。1週間前と今ではまったく別の世界だ」。彼の念頭にあるのはアジアでも中東でもウクライナでも収まらない緊張と対立の激化でしょう。

 さらには、「ルールを平気で破るような異端者が国際社会をかき乱そうとしている。それは中国だ」と名指しで、中国脅威論を展開。他にも、北朝鮮やロシアの軍事協力についても厳しく糾弾しました。

 これまでは、バイデン政権のソフト路線を代弁することが多かったのですが、長官職を去るにあたって、これまで慎重だった姿勢を一気に爆発させた感があります。横須賀に停泊中の原子力空母「ジョージ・ワシントン」の艦上では、「インド太平洋地域の安全を力で変更しようとする中国を抑えなければ、台湾危機が発生し、アメリカの同盟国は危機的状況に陥る。そうした事態を食い止めるのは米軍の任務だ」と檄を飛ばしました。

 実は、オースティン前国防長官の来日に合わせるかたちで、日米韓、日米比、日米豪の3カ国安保協議が別々に開催されたのです。その直前には台湾の頼清徳総裁がハワイやグアムを訪問していました。明らかに「台湾有事」を想定し、アメリカとのすり合わせが目的だったと思われます。

 トランプ大統領は台湾にも日本やフィリピン、インドネシアにも「もっとアメリカの兵器を買え。さもなければ、危機に際して、アメリカは助けないぞ」と脅しをかけています。オースティン氏も本音ではトランプ氏の意向を忖度していたに違いありません。要は、アメリカは民主、共和に関係なく、「危機こそ儲けるチャンス」と受けとめていることが、オースティン前国防長官のお別れツアーでも確認できた次第です。

ジョージ・ワシントン イメージ    さて、トランプ大統領からは高市総理への圧力も強まる一方で、日本の防衛力強化や予算拡充の要求が相次いでいます。高市総理は防衛力や抑止力の強化には前向きです。日本の政府内では「防衛費を2027年までにGDP2%の目標では少な過ぎる」との受け止め方もあり、新政権でも「対トランプ交渉」を念頭に、アメリカ製の武器の調達を含め、アメリカとの共同軍事作戦の展開にも積極的に応じることになると思われます。

 すでに、水面下では高市政権に対して「日本はできればGDP5%程度の防衛予算で抑止力と緊急事態対応への備えを万全にすべきだ。そうすれば、アメリカも日本との安全保障上の連携を確実なものにする」とのアプローチがなされています。というのも、アメリカは史上最悪の財政赤字に直面しているからです。かつて「世界の警察官」を誇示したような圧倒的な軍事力も、それを支える財政力も今やないどころか、危機的状況に陥っています。

 とはいえ、軍産複合体はトランプ政権を支える屋台骨のような存在。NATO諸国はもちろんのこと、日本や韓国、そして台湾にも米国製のミサイルや戦闘機の売り込みに力を入れています。いわゆる「台湾有事」という一大事を煽りながら、トランプ政権は「中国と対峙するにはそれ相応の軍事力が欠かせない」と、日本への働きかけを強めてきました。

 であるからこそ、「台湾派」として知られる高市総理の誕生は願ってもないチャンス到来と受け止められているわけです。高市氏の自民党総裁と国会での首班指名を海外で最初に祝意を示したのは台湾の頼清徳総統でした。もちろん、トランプ大統領自身も「高市氏はすばらしい。卓越した頭脳と行動力を兼ね備えている。安倍元総理の後継者として大いに期待している」とべた褒め。その発言からは「中国の軍事的脅威に対抗し、抑止力を強化することに前向きな高市総理であれば、アメリカ製の武器を大量に買ってくれるはずだ」という皮算用が露骨に感じられます。

 もちろん、日本にとっても高市総理にとっても、肝心要(かなめ)の対米関係ですが、トランプ大統領が今や危機的な状況に陥っていることも事実として軽視するわけにはいきません。日本でも報道されていますが、「王様はいらない」とのスローガンを掲げる国民が全米各地で大規模なデモを展開しているからです。10月18日に全米2,700カ所で行われた反トランプ・デモには700万人もが参加しました。先のニューヨークの市長選においても、同時に行われたバージニア州とニュージャージー州の州知事選挙でも反トランプの民主党候補が勝利を手にしました。強固なトランプ支持者は減少傾向にあることは論を待ちません。

 当然でしょうが、途上国を中心にアメリカ離れ、そして「ドル離れ」も収まりません。危機感を抱くトランプ大統領は「関税戦争」を通じて、形勢逆転を図ろうとしています。そうした苦境にあって、最大の「頼みの綱」が高市総理を選出した日本なのです。アメリカの国債を世界で最も多く保有しているのは日本に他なりません。

 また、石破政権時にはアメリカの関税措置を和らげる意図からでしょうが、日本からアメリカへの莫大な投資額を約束したものです。その額たるや何と84兆円。しかも、その投資先の選定は90%をトランプ大統領に委ねるとのこと。高市総理は「石破政権の対米投資の合意を継承する」と「アメリカ命」の姿勢を崩そうとしません。とはいえ、84兆円もの金額をどのようにして捻出するのかは不明です。トヨタ自動車をはじめ、日本企業による対米先行投資を促し、その成果を期待しているようですが、トランプ大統領が納得するような「ディール」に結びつくかどうかは、未知数としか言いようがありません。

(了)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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