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2016年01月14日 07:03

表現の自由抹殺で、国民主権は即死(後)

「言論の自由」のない暗黒社会の再現

fukei_tokai 日本は2015年9月に成立した安保法によって、「専守防衛」から、「世界の警察官・米国の警察犬」として地球規模で「海外派兵」できる戦争国家体制へと大きな曲がり角を曲がった。「戦前前夜」を思わせる。

 ところが、警鐘を鳴らすべき大手メディア側の政権批判の自粛、萎縮、政権への迎合が強まりそうな出来事が新年から発覚した。元日未明の「朝まで生テレビ」で自民党区議がその立場を隠してスタジオ観覧者として「民主党政権よりも(自民党政権の方が)いい」と発言した「やらせ」疑惑だ。
 報道機関の自粛や迎合は、「言論の自由」や「報道の自由」を歪め、「国民の知る権利」を阻害する。自民党憲法改正草案が実現したら、自粛や迎合では済まない。
 今こそ、メディアは、「言論の自由が抹殺される」と声を上げるときだ。報道の自由は、単独で保障されているのではなく、表現の自由の1つである「国民の知る権利」に基礎付けられる。表現の自由が死にかけているときに警鐘を鳴らさないメディアは、お釈迦様の手の平の範囲だけで与えられた自由に甘んじるようなものだ。

 安保法に反対した若者やママ、学者ら市民の運動は、「民主主義ってこれだ」と、国民主権が健在だと示した。「安倍1強」と言っても、自民党は、投票率52.7%で得票率48.1%(2014年総選挙・小選挙区)、絶対得票率では25%に過ぎない。
 戦前と違って国民主権の日本で、「まさか戦前のようなことにはならない」「いざとなれば国民投票で否決する」と言えるだろうか。

何がナチスの政権掌握を可能にしたか

 ヒトラーの政権掌握でも、ヒトラー内閣が成立した1933年1月の時点(1932年11月国会議員選挙)のナチスの得票率は約3割に過ぎなかった。ところが、33年11月には、ナチスは9割以上の得票を獲得し、首相だったヒトラーが大統領を兼ねるという元首法(1934年8月)の民族投票では賛成89.9%という“熱狂的支持”を得た(南利明氏、『静岡大学法政研究』所収「指導者-国家-憲法体制の構成」などから)。

■ナチスの政権掌握
1932年11月6日、国会議員選挙
1933年1月30日、ヒトラー内閣成立
   2月2日、国会解散
   2月28日、言論、報道、集会、結社の自由を制限する緊急大統領令
   3月5日、国会議員選挙
   3月23日、全権委任法成立
1934年8月1日、ヒトラーが大統領を兼ねる元首法
   8月19日、元首法の民族投票

 3割の得票率から9割の“熱狂的支持”を獲得したマジックは、2月28日の緊急大統領令にあった。言論、報道、集会、結社の自由を制限し、令状抜きに逮捕・拘禁を可能とし、何千人もの共産主義者や社会主義者を逮捕・拘禁した。市民は恐怖と密告に脅え、抵抗をあきらめるほかなかった。
 ドイツのルター派牧師マーチン・ニーメラーが残した詩(スピーチ)は、共産主義者、社会主義者、労働組合、学校、新聞、ユダヤ人が迫害されたとき、声を上げなかったため、自分が迫害されたときには、手遅れだったと回想している。

 歴史は、ポイントオブノーリターンを過ぎれば、ギャロップ(全速力)で進む。ヒトラーが権力掌握したナチスドイツの歴史が再現される危険がある。
 衆議院で3分の2を占める改憲勢力は、参議院では、非改選議席は、自民、公明が77議席、「おおさか維新」「日本のこころを大切にする党」(旧次世代の党)が8議席。この4党の改選62議席を77議席に増やせば、憲法改正の発議に必要な3分の2の162議席に届く。
 表現の自由を抹殺する憲法改正が実現すれば、国民主権は即死する。恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存してきた戦後社会は、恐怖が支配する専制と隷従の第二次世界大戦の時代に逆戻りする。

(了)
【山本 弘之】

 
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