イラン戦争と国際法(前)

 NetIB-NEWSでも「BIS論壇」を掲載している日本ビジネスインテリジェンス協会(中川十郎理事長)より、元国連日本政府代表部大使や元国連事務次長を歴任した赤阪清隆氏による「イラン戦争」についての論考を共有していただいたので掲載する。

 イラン戦争から目が離せない毎日が続いていますが、この戦争をめぐっては、いろいろと「話のタネ」になるテーマがあります。たとえば、(1)2月28日のアメリカとイスラエルによるイランに対する武力攻撃は、何を目的としていたのか(核兵器関連施設の破壊、政府転覆など)?(2)同攻撃は、国連憲章や国際法に違反するものだったのか?(3)イランによるホルムズ海峡封鎖は国際法違反なのか?(4)トランプ大統領による艦船派遣要請に対するNATO諸国や日本の消極的対応は適切だったのか?(5)この先イランおよび中東情勢はどうなるのか?などです。 

国際法違反の判断と
政治外交判断は別問題

 今回の話のタネは、このうちの(2)、すなわちイランに対する武力攻撃が国連憲章や国際法違反だったのか、に集中して話を進めたいと思います。この国際法違反かどうかを追求することがあたかも「国際法至上主義」のごとく批判する人もいます(たとえば、4月9日付の産経新聞「正論」記事「国際法至上主義の陥穽(かんせい)に嵌(はま)るな」)。しかし、「国際法違反かどうか」の法律問題と、「そうだとしたらどうするのか」の政治外交問題は別個の問題で、後者の方が重要だから前者は追求しなくてよいというのは、議論を混乱させるものだと思います。

 つまり、現実に国連憲章、国際法、人権規約などの国際的なルールが存在している以上、まず、今回のイラン攻撃のような武力行使とそれに関するさまざまな行動が、これらのルールに違反したものであるかどうかを厳格に解釈すべきものであると思います。そうでなければ、そもそもこのようなルールをつくった意味がなくなります。

 そのうえで、たとえ国際法違反という判断がなされても、国際社会に強制的な執行力がない以上、それに対する各国の対応は当該国との関係次第で大きく変わることを認めざるを得ません。対応としては、(1)国際法違反と認めはするが、見て見ぬふりをして見逃す、(2)国際法違反には違いないが、国際法を超えた「正義」や「神の声」により、違反行為は正当化されると判断する、(3)国際法違反の行為を停止させ、合法的な代替措置によって正当化を図る、(4)国際法違反の事実を声高に批判し、国際世論への訴えや、のちの賠償請求などのための証拠に使う、などが考えられます。

 ですから、国際法違反と認めても、必ずしもその判断を声高に二国間関係や国際場裏で叫ばねばならないことを意味しません。とくに今回は、違反行為と目される戦争の相手がイランという非道な国内弾圧や対外的なテロ行為を行ってきた国です。また、違反国と目される国が日本の同盟国で日本の安全保障の命運のカギを握る米国であり、そのリーダーが予測不可能なトランプ大統領です。このような場合には、外交的配慮とか、言葉遣いに慎重を期すとか、さまざまな検討が必要になることは当然でしょう。

米国の国際法専門家らが示した
明快な違法性判断

 さて、それでは2月28日の米国とイスラエルによるイランに対する武力攻撃は、国際法違反だったのでしょうか?この点、4月4日に米国の国際法専門家ら100名以上が出した声明文は、極めて明快な立場です。「この攻撃は、国連憲章に対する明白な違反であった。戦争の遂行の在り方や、米国政府高官の発言もまた、戦争犯罪の可能性を含む国際人道法違反に関する重大な懸念を引き起こしている」と。

 この声明には、米国内の国際法専門家が署名しており、著名な教授、主要な国際法関連団体や非政府組織、法律団体の指導者、元政府の法律顧問、軍事法の専門家や元法務官(JAG)などが含まれています。日本人の名前は見つかりませんでした。

 同声明は、①開戦の正当性(jus ad bellum)、②戦闘行為の遂行(jus in bello)、③米国高官およびその同盟国による言辞や威嚇(さらなる違法行為を予兆するもの)、④米国国防長官ピート・ヘグセスによるいわゆる「手加減なし(gloves off)」の戦争遂行方針の影響を取り扱っています。

 そして、開戦の正当性については、武力行使を禁じた国連憲章の規定に明確に違反しているとして、正当性を否定しています。声明文は、「他国に対する武力行使は、現実のまたは差し迫った武力攻撃に対する自衛、もしくは国連安保理の承認がある場合にのみ許される。本件について安保理の承認は存在しない。また、イランはイスラエルや米国に対して攻撃を行っていなかった。トランプ政権はこれに反する様々で時に矛盾した主張を行っているが、自衛権の根拠となるような差し迫った脅威がイランから存在していたことを示す証拠はない」と断言しています。

 そして、同声明は、「多くの国際法専門家が、イスラエルおよび米国の行為は国連憲章違反であると結論づけており、これにはアメリカ国際法学会の現会長および次期会長、国際法協会アメリカ支部の会長などが含まれる。また、国連事務総長アントニオ・グテーレスも、これらの攻撃が国際の平和と安全を損なうものであるとして非難している」と付け加えています。また、同声明文は、国際人道法についても米国とイスラエルの違反(戦争犯罪など)の可能性を指摘しています。 

 これら国際法上の問題を指摘したうえで、結論として、「私たちは、米国政府の当局者に対し、常に国連憲章、国際人道法および人権法を遵守し、国際法の規範に対する米国の関与と尊重を公に明確に示すよう強く求める」と、トランプ政権に国際法順守を求めています。

さらに、外国政府に対しても、米国、イスラエルおよびイランの国際法違反行為には加担せずに、違反は合法的な手段で終わらせるべきと督励しています。日本政府に対してもこの提言はあてはまります。ここら辺は、さすが民主主義の国のアメリカの面目躍如という気がしますね。国際法の専門家だけあって、論旨明快で、結論は明確、提言は簡潔にして要を得ています。

(つづく)

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