【イーロン・マスクの無双の世界(2)】史上最大のIPOと世界初のトリリオネア誕生の舞台裏(後)
2026年6月12日、ナスダックに1本の銘柄「SPCX」が刻まれた瞬間、世界の経済史が静かに書き換えられた。スペースXの株式公開は調達額・評価額ともに前人未到の規模に達し、創業者イーロン・マスクの個人資産を「1兆ドル(約150兆円)」という、これまで誰も到達したことのない領域へと押し上げた。本稿では、ニュースの見出しだけでは伝わらない「数字の内訳」「あまり語られない事実」「今後の展開シナリオ」「投資家が見るべきリスク」までを丁寧に解きほぐしていく。
5.これから何が起きるのか、想定される計画とスケジュール
ここからは、スペースXとイーロン・マスクが今後どのような展開を見せるのか、IPO目論見書(S-1)や本人の発言をもとに、編集部が「想定シナリオ」として整理してみたい。あくまで現時点の計画や構想であり、マスク氏のスケジュールは過去にしばしば遅延してきた点には留意が必要だ。
① 2026年後半──スターシップ「実運用」への正念場
最大の焦点は、史上最大のロケット「スターシップV3」が本格的な軌道投入(ペイロード輸送)を達成できるかだ。目論見書では2026年後半に軌道への貨物輸送を開始し、同時期から次世代の高速衛星「スターリンクV3」(1基あたり毎秒1テラビット級)をスターシップで打ち上げる計画が示されている。ただし、「ほとんど誤差の許されないスケジュール」とも報じられており、ここが当面の試金石となる。
② 2027年──軌道燃料補給と「宇宙のデータセンター」前哨戦
火星・月への長距離飛行に不可欠な軌道上での燃料補給(2機のスターシップ間での推進剤移送)の実証が、2027年の重要課題となる。また同年後半には、AI演算を担う最初の衛星「AI1」の打ち上げが計画されている。COOのグウィン・ショットウェル氏は、本番前にまずスターリンク衛星へ演算機能を載せて運用を確かめる「カナリア(試験的先行投入)」方式を採ると説明している。
③ 2028年〜──軌道AIデータセンターという壮大な賭け
スペースXが描く最も野心的な構想が、太陽同期軌道に大量のAI演算衛星を展開する「軌道データセンター」だ。目論見書には2028年から配備を開始し、最終的に年間100ギガワット規模(年間約100万トンのペイロードに相当)の演算能力を宇宙に展開する目標が記されている。太陽光で発電し、熱は宇宙空間へ放射して冷却するという発想で、「地上ではこれ以上の電力を確保できない」というマスク氏の主張が背景にある。
注目──ライバルがマスクの「宇宙クラウド」を借りる構図
目論見書によれば、生成AI開発で競合するアンソロピックが、スペースXのデータセンター「COLOSSUS」群の演算能力を2029年5月まで利用する大型契約を2026年5月に締結したとされる(報道ベースで総額は数百億ドル規模)。グーグルとも同様の取引が伝えられており、スペースXは自社のAI「Grok」を持ちながら、競合にも演算を貸す「ネオクラウド」事業者として収益を狙う。
④月を優先、火星は「5~7年後の構想」へ
注目すべき方針転換がある。2026年2月、マスク氏は火星よりも月面基地(通称「ムーンベース・アルファ」)を優先する考えを表明した。理由は、月への飛行窓が約10日ごとに開くのに対し、火星は約26カ月に一度しか巡ってこないため、月の方が「速く反復開発できる」からだという。NASAはすでに有人月ミッションでスペースXに巨額の契約を結んでおり、月は「収益を生みながら進められる」現実的な目的地でもある。火星都市の建設着手は「約5~7年後」、すなわち2031~2033年頃の構想へと後ろ倒しされた。
⑤火星、26カ月ごとに開く窓とロボット先遣隊
火星計画そのものは消えていない。2026年11~12月の接近窓に、最大5機の無人スターシップV3を火星へ送り、テスラの人型ロボット「オプティマス」やイタリア宇宙機関の科学実験機材を運ぶ構想が残る。成功すれば、20機(2028年)から100機(2031年)、500機(2033年)と指数関数的に増やし、将来的には「1回の火星ランデブーで1,000~2,000機」を打ち上げ、最終目標である100万人規模の自給自足都市を目指すという。ただし専門家の多くは、この時期想定を「5~10年は楽観的すぎる」と見ている。
今後さらに注目されそうな論点
スターリンクの分離上場(スピンオフ)については、2025年売上が100億ドルを超えたスターリンクを、いずれ独立IPOさせる可能性が取り沙汰されている。ただし、確定情報ではない。
指数への組み入れも焦点となる。規模の大きさから、ナスダック100指数へ2026年6月末~7月に早期採用される見込みとされ、S&P500入りは早くても2027年以降とされる。
また、上場後もマスク氏の支配権を保つ仕組みが組み込まれ、一般株主の影響力は限定的になる見込みだ。マスク資産の行方については、もし2026年のペースが続けば年末には1.4~1.6兆ドルに迫るとの試算もあるが、今年の増加の大半はIPOによる一度きりの押し上げで、後半は鈍化するとの見方が多い。
6.投資家が冷静に見るべきリスク
歴史的な祝祭ムードの一方で、専門家は過熱への警戒も促している。レポートを締めくくるにあたり、個人投資家が知っておくべき主なリスクを整理しておきたい。
モルガン・スタンレーは宇宙経済が将来1兆ドル規模に達すると予測しており、スペースXはその中心に位置する。再使用ロケットによる打ち上げコストの約90%削減という技術的な堀(モート)、スターリンクの高利益率、そしてAIや宇宙データセンターという将来性――これらが評価額を支える根拠だ。だが同時に、その高い期待は「完璧な実行」を前提としている。夢と現実の両方を見据えることが、この銘柄と向き合う鍵となる。
主な参照情報源
スペースXのSEC提出目論見書(Form S-1)、CNBC、Bloomberg、The Washington Post、Reuters、Fortune、Morningstar、Yahoo Finance、TechCrunch、SpaceNews、Via Satellite、Visual Capitalist、The Motley Fool、Investing.com、Wikipedia「Wealth of Elon Musk」「SpaceX Mars colonization program」ほか(2026年2月~6月の各報道)。本文中の主要な財務数値(2025年売上187億ドル、純損失約49億ドル、AI部門営業損失約63億ドル、スターリンク営業利益約44億ドル、IPO調達額約750億ドル、評価額約1.77兆ドル等)は複数の独立した情報源で照合のうえ記載した。ただし、純損失・営業損失・調整後EBITDAなど指標により数値は異なり、出典・時点によっても若干の差異がある点にご留意いただきたい。
※本レポートは公開情報をもとに編集部が独自に取材・要約してまとめた情報提供を目的とする記事である。原文の表現を転載したものではなく、内容はすべて編集部による日本語の要約・再構成である。特定の銘柄の購入・売却を推奨するものではなく、投資に関する最終判断は自身の責任で行う必要がある。掲載した挿絵・図版はすべて編集部が独自に制作したオリジナルのイメージ図であり、実在の写真・ロゴ・商標・既存の図版は使用していない。
(了)
【Hayate Kirishima】










