ローマ法王レオ14世──その世界にとっての意味──(4)法王のフランス訪問
福岡大学名誉教授 大嶋仁氏
去る26年9月25日から28日にかけて、ローマ法王レオ14世はフランスを訪れた。この訪問が予想外の反響を呼んだというのも、国是として「無宗教」を掲げているはずのこの国の一般市民、とくに若年層が、法王を熱烈に出迎えたからである。
ローマ法王がある国を訪れるときは、かなり前にその国のカトリック教会に通達があり、前々から歓迎や儀礼やイベントの準備ができるようになっている。だが、「無宗教」を掲げるフランスでは、その準備もおそらく「極秘裏」に行われたのであり、それだけにメディアも多くの国民も、また諸外国の人々も驚いたのである。
そもそもフランス人一般の宗教は、伝統的にカトリック教である。だから、今回の「熱烈歓迎」は驚くには当たらないともいえそうだが、イタリアやスペインとちがって、18世紀の啓蒙思想によってカトリック教会を打破することで自らを「近代化」した国である。
「信仰よりは理性を」という当時のスローガンは今も活きており、それが国民に浸透しているのだ。その結果、教会に通う人の数は激減し、聖職者になろうという人も少ない。それなのに、今回の法王への熱烈な歓迎。これを「一種の奇跡だ」というジャーナリストがいてもおかしくない。
アメリカ出身の法王を一目見ようとパリのシャンゼリゼ通りを埋め尽くしたフランス人の1人が、こう言っていた。「私たち、こうして皆が心を1つにして、何かを待ち望むなんていう習慣はないんです。でも、この機会を逃しては、その喜びを味わえないと思いまして。」
この言葉は現代のフランスの真実をついていると思われる。というのも、近代社会が確立されるや、フランス人は「個人の権利」の主張に走り、他者との連帯の契機を失って、「理がまさって情の薄い人間になってしまった」のである。
レオ14世はパリに着くや、まずマクロン大統領と会談し、早速フランスにおける宗教の位置づけについて持論を展開した。「特定の宗教を国の宗教としない。信仰は個人に任せる。それはそれでよいでしょう。しかし、すべてを世俗化するだけで、宗教的な心や宗教的な場所まで押しつぶしてしまうとなれば、国民は精神の拠りどころがなくなります。もともとフランスはカトリック教が根づいており、深い宗教性をもっています。これを思い出してください。」
マクロン大統領はこれに反論することなく、会談は滞りなく終わった。
それにしても、訪問国に到着するや、ただちにその国の元首にその国の宗教に関する政治の在り方に注文を付けるという法王の在り方自体、驚きである。法王はその後ユネスコ本部を訪ね、すさまじい速度で普及していくAIの人類社会における脅威について、この文明の利器の倫理的な使用を強調した。ユネスコが率先してこの問題に取り組むべきだということを暗に言ったのである。
以上からわかるのは、レオ14世の今回のフランス訪問の明白な意図である。彼はカトリック教会の長としてというより、「精神世界の代表」として現代世界の根本問題についての自身の立場を表明するために、「無宗教」を誇るフランスへあえて行ったのだ。
法王はユネスコ訪問後、ノートルダム寺院を訪ねて祈りを捧げ、その後サッカー・スタジアムに行って、そこで8万人の大観衆の前で演説を行った。観衆のほとんどは35歳以下のカトリック教徒の男女で、彼らがラテン語で聖歌を歌うなどして法王をたたえたこともあり、感涙にむせんだと言われている。
その真偽はともかく、法王が行った演説の内容は、「若いカトリック教徒には現代世界に対してなすべきことがあり、それは愛の実践であって、それによってのみ暴力、軽蔑、抑圧といったものに抵抗することができるのだ」というものであった。「理性より信仰をもて」という代わりに、「愛の実践」を掲げたのである。
法王がフランス滞在の2日目の午後に南部の町ルルドを訪れたことも、今回の訪問の意図を物語っている。ルルドとはカトリック教会にとっては「聖地」であって、そこでは「奇跡」が起こり、「不治の病が癒される場」として知られているのだ。レオ14世はルルドを「身体的あるいは精神的な悩みを抱えるすべての人を慰安する場所」として見た。科学文明を否定しはしないものの、「奇跡」にも存在場所を与えているルルドの地は彼にとって格別の意味があったのである。
大都市パリからルルドへの旅は、法王にとってカトリック教の原点を確認し、自らを清めるための旅でもあったといえるだろう。ルルドには次の日もまる1日滞在し、その「霊気」に浸ったと言っても言い過ぎにはなるまい。最終日はルルドから一気にフランス東北部の、ドイツとルクセンブルク国境に近い町メスへと飛び立った法王であるが、ここにも今回のフランス訪問の意図が見て取れる。
メスは「ヨーロッパ統合と平和の実現」を象徴する町で、そのような町を構想したロベール・シューマンが熱心なカトリック教徒であったことから、法王はあえてこの地を選んで訪問した。ちなみに、フランスは「政教分離」を打ち出し、国としては「無宗教」を掲げているわけだが、このメスだけは町全体としてカトリック教会との一体化がなされている。そのような例外的な都市を選んで訪問することで、法王は「フランスは本来カトリックの国なのだ」というメッセージを全世界に伝えたかったにちがいない。
「ヨーロッパの統合と平和の実現」という地方都市メスの掲げた理想は、現代世界に応用のきくテーマでもある。世界の国々が「統合」とは正反対の方向に進み、「平和」の代わりに「戦争」を続けていることへの抗議の意味も、レオ14世がこの町を選んだことに含まれるだろう。フランス訪問の第一日目に8万人の若者に向かって、カトリック教徒は「愛の実践」によって現代世界の諸悪に対抗すべきだと説いた彼である。「メスとはそういうカトリック精神の具現にほかならない」と見たにちがいない。
(つづく)









