2024年04月20日( 土 )

文政年間に創業 福岡の蔵から世界へ多くの喜びを伝える(前)

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(株)喜多屋

世界最大級の品評会でチャンピオンに

大吟醸 極醸 喜多屋<

大吟醸 極醸 喜多屋

 福岡県筑後地方は、兵庫の灘、京都の伏見と並ぶ酒どころとして昔から知られる。ここで江戸時代末期の文政年間、屋号「米屋」の長男だった木下斉吉氏は、「酒を通して多くの喜びを人に伝えたい」と酒蔵を創業した。屋号は「喜多屋」。文字通り、多くの喜びをつくる蔵としてスタートしたのである。その際、「主人自ら酒を造るべし」を家憲に定めた。

 同社代表取締役社長の木下宏太郎氏は七代目としてその家憲を守り、自ら蔵に入って20数年が経つ。その年月は、小さな城下町・八女から海を越えて高い評価を集める酒を生み出し、世界的な蔵にまで同社を成長させた。ロンドンで開催される世界最大級のワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」のサケ部門で「大吟醸 極醸 喜多屋」が2010年にブロンズ賞、11年にシルバー賞を受賞。そして13年、ついに最優秀賞「チャンピオン・サケ」(第1位)に輝いたのである。

 「受賞も嬉しかったのですが、もっと嬉しかったのは、審査員長でマスター・オブ・ワインの称号を持つサム・ハロップさんが、『大吟醸 極醸 喜多屋』を見事な芳醇さと透明感を持った酒と評価してくれたことです。これは私が目指していた飲み口をずばり言い当てたもの。しかも15年の極醸も同じ評価でした。これは喜多屋の酒造りがぶれていない証だと思っています」と、木下社長は笑顔を見せる。

 さらに木下社長が喜んでいるのが、オール福岡で造りあげた点。酒米は福岡県糸島産の山田錦、造り手の蔵人も福岡県民ばかり。福岡の食文化に根ざした純粋な福岡産の酒が世界で最高の評価を得たことは、ことのほか感慨深いという。

徹底的なデータ化と業界屈指の設備投資

 これら一連の受賞のおかげで、このところ生産が需要に追いつかない。こういう場合、量産のための設備投資に走るのが普通だろう。ところが、木下社長はそうはしない。「お客さまの声には対応しなければなりませんから、少しずつですが増産には取り組んでいます。そのため、夏を除く3期醸造を可能にしましたが、それよりも酒の質を上げることを優先して設備投資を行っています」。

 そこで蔵内を案内してもらい、具体的に最新設備を見せてもらうことにした。蔵のなかに入ると、文政年間からの歴史の香りが濃く立ち込め、さすがの風格が漂う。しかし目の前には古い蔵とは相反して、時代の最先端を行く業界でも屈指の設備の数々があった。まず圧倒されるのは、0.1度刻みで温度調整ができるサーマルタンクの列。そして自動洗米機、年間通して真冬と同じ5℃のコンディションで酒を搾れる冷蔵化を施した搾り場、大吟醸クラスまで高度な手造りと同じレベルで造れる自動製麹機などである。そこに近々、蒸米を常に真冬と同じ冷気で冷やせるよう、放冷機の改良が施される。

 もちろん、設備さえ整えれば良い酒ができるとは、木下社長は思っていない。人の熟練の技が必要だ。しかし、驚くことに木下社長とベテランの西尾杜氏以外は、30歳前後を中心とした世代。では、若い蔵人たちが通をうならせ、世界的に評価が高い酒を醸すことができたのはなぜか。秘密は、徹底したデータ化と技術の共有にあった。

 「酒造りは製麴をはじめ、精米や洗米、温度・湿度管理など、精緻さが求められる世界。昔はそれを杜氏の経験でコントロールしていました。でも、今はすべてをデータ化して、酒の出来を年によってバラつかせることなく、さらに高みを目指していく時代です。このデータ化があってこそ技術が共有でき、最新設備も生きてくるわけです」。

 ただ、データと設備はあくまでも人を手助けするもの。人がいてこそ、品質の高い酒を造ることができる。そこで、力を入れているのが社員教育で、蔵人全員が伝統的な麹蓋を使った麹造りをはじめ、全工程をこなすことができる。若くして卓越した技術を持った見事な職人集団と言えるだろう。

 「自動車メーカー・ホンダの創業者、本田宗一郎氏は、かつて金のムダ使いと言われながらもF1にチャレンジし、培った技術は市販車にフィードバックしました。喜多屋が設備と人材に投資するのも、『大吟醸 極醸 喜多屋』で磨き上げた技術が、すべての製品に生きるからです。おかげさまで喜多屋の酒は、すべて品質が向上しています」。

 
(後)

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