2024年04月29日( 月 )

中小企業は日本経済社会のエンジンである!(3)

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明星大学経済学部教授・一橋大学名誉教授 関 満博 氏

従業員では、個人保証に耐えられない

 ――大量廃業時代が足音を立てて迫ってきています。しかし、事業がジリ貧になっているわけでもないのに、承継が叶わず仕方なく廃業を選ぶ経営者も多いと聞きます。それはなぜでしょうか。

 関 近年の中小企業をめぐる最大の課題は「事業承継」です。『中小企業白書』、『小規模企業白書』(2017年版)では、小規模企業を除く、中規模法人を対象にアンケート調査を実施し、事業承継の状況を公表しています、それによれば、「後継者が決まっている」とする事業者は41.6%、「後継者候補もいない、未定」が30.9%、「後継者候補あり」が27.5%となっています。また決まっている場合、「親族内」が66.6%で、「親族外」が33.4%になっています。ここでは、大きく、「家族が承継していく場合」と「第3者が承継していく場合」の2つに分け、課題と可能性を考えて見ましょう。

 まず、家族が承継していく場合です。中小企業の事業承継については、以前から「中小企業も社会的存在であるのだから、後継者は親族に限る必要はない。最適な人材が承継すべきだ」という議論があります。この世界に長年いる私も20年ほど前まではそのように考えていました。しかし、今それは相当に難しいことだと痛感しています。

 たとえば、「後継者は親族である必要はない」と考えた中小企業の経営者が、息子、娘より、ある従業員のほうが適任と判断し、10年をかけて経営者教育を重ねていきます。そして、自身が60代の中盤に差しかかり、彼も40代中盤に入ったことから、彼に「次期からあなたが社長」と告げたとします。彼は、そうしたことは既に察しており、「わかりました。責任を持ってお受けします」と答えます。

 しかし、帰宅して、夫人に告げると、猛反対にされてしまうのです。そして、夫人は「社長になれば、この家も担保でしょう。いやです。うちはサラリーマンでいいの。定年まで、お給料をもらい、その後は年金で静かに暮らしましょう。社長を引き受けるならば、離婚です。この家は私がもらいます」と叫ぶことになるのです。会社をとるか、家庭をとるかの岐路に立たされた彼は家庭をとり、会社に居づらくなり辞めてしまう。結果的に会社は最も優秀な社員を失ってしまうのです。従業員では、銀行などが要求する厳しい「個人保証」には耐えられません。

名刺に代表取締役がついていない社長

 最近では、交換する名刺に「代表取締役」がついていない社長に出会うことも増えてきました。世話になった先代社長から懇願されたが、個人保証は断り、マネジメントだけ引き受けているケースです。この場合は先代が代表取締役として、個人保証をしたままなので、実質的な事業承継は行われていないことになります。

 近年、銀行などが「個人保証はとらない」と宣言する場合もあります。しかし、現場では「ギリギリのところでは、個人保証をとられる」と受け止められており、現状を打破する説得力は持ち得ていません。このように、中小企業の承継の第1順位は「息子、娘、娘婿」などで親族以外にはかなり難しいことがわかります。娘婿には引き継ぐ覚悟があると思いますし、多くの中小企業の場合、息子、娘は幼少のころからそうしたことは刷り込まれています。

新たな創造的な事業に変えていく必要

 私は大学のゼミ生や全国で展開している塾の塾生で、しっかりした家業のある若者に対しては、数年の修業の後、承継していくことを勧めています。「君は家業のない若者に比べて可能性が大きい。仮に、借金があるとしても、これまで築き上げてきた、実績、信頼がある。それが資産だ。ただし、現在の仕事は先代、先々代が築き上げたものであり、この人口減少の時代、次第に縮小していくことが予想される。君の代で、新たな創造的な事業へと変えていく必要がある。これまでの家業を新たな事業につくり上げていくほど創造的なことはない」と激励しています。そのうえで「40歳になった時、1番給与の高い会社に入った同期の年収の2倍、3倍を目指しなさい」と目標を与えています。今、私の周りには、実際にそれを実現している、大学のゼミや塾の卒業生たちがたくさんいます。

日本は、投資ではなく融資の国である

 ――銀行などの「個人保証」制度は、事業承継の大きな障害であり、引き継ぐ意志のある従業員、その奥さんに心理的負担を負わせてしまいます。なぜこのような制度になっているのですか。

 関 それは、日本は「投資の国」ではなく「融資の国」だからです。日本の場合、投資などの直接金融よりも、銀行融資による間接金融が優勢であり、世界的に見ても資本金が小さい場合が少なくありません。欧米企業の場合、自己資本比率は60%が普通ですが、日本の中小企業の場合、38.8%(中小企業庁「中小企業実態調査」2015年度)であり、資本金となるとさらに小さくなっています。資本金1千万円の企業で従業員数百人、売上額数十億円という中小企業もあります。

 投資と融資の最大の違いは、投資は事業が失敗すれば、すべてチャラになりますが、融資は事業が失敗した場合でも、銀行などが最後まで追いかけてくることです。別の言い方をすれば、銀行は「皆さまから預かっているお金を減らすわけにいきません」ので、「必ず返せる人間にしかお金は貸さない」ということになっているのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
関 満博(せき・みつひろ)
1948年富山県生まれ。成城大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。東京都商工指導所、専修大学助教授、一橋大学教授などを経て、明星大学経済学部教授(2018年3月に退官)・一橋大学名誉教授。経済学博士。
著書は、『中山間地域の「買い物弱者」を支える』(新評論、2015年)、『東日本大震災と地域産業復興』Ⅰ~Ⅴ(新評論)、『「地方創生」時代の中小都市の挑戦』(新評論、2017年)、『北海道/地域産業と中小企業の未来』(新評論、2017年)、『日本の中小企業 少子高齢化時代の起業・経営・承継』(中公新書、2017年)など130冊におよぶ。授賞歴として第9回(1984年)中小企業研究奨励賞特賞(『地域経済と地場産業』)、第34回(1994年)エコノミスト賞(『フルセット型産業構造を超えて』)、第19回(1997年)サントリー学芸賞(『空洞化を超えて』)など がある。

 
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