2024年04月19日( 金 )

九州北部豪雨から1年~災害が頻発する日本列島 1人ひとりが事前の備えを(前)

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平時から災害後を想定した「事前復興」の取り組みを

九州大学 助教 杉本 めぐみ 氏

 「2011年3月の東日本大震災を経験した日本では、それを教訓としてその後、どの自治体でも防災に対しての取り組みがある程度なされていると思っていました。ですが、熊本地震においては自治体の庁舎まで壊れてしまい、九州では、まだそれほど自治体の防災対策が進んでいなかった事実を改めて目の当たりにし、愕然としました」――と話すのは、九州大学 持続可能な社会のための決断科学センター 助教の杉本めぐみ氏。災害リスクマネジメントや防災教育を専門とする同氏は、これまでに政府開発援助(ODA)担当職員や東京大地震研究所特任研究員などを経ながら、途上国の災害軽減のための緊急援助・復興・防災支援を研究してきた経歴をもつ。

 杉本氏は、九州において自治体の防災対策が遅々として進まない要因として、とくに小さな自治体における過疎化と経済的な疲弊の現状を挙げる。そのうえで、「地方自治体の経済的な疲弊が防災整備の遅れにつながっていることを考えれば、ハード面での整備を進める前に、まずは『事前復興』という考え方で住民のコンセンサスをとっておくやり方がいいかもしれません」との意見を聞かせてくれた。

 「事前復興」とは、あらかじめ災害が発生したときのことを想定したうえで、被害の最小化につながる都市計画やまちづくりを推進しておくというもの。災害弱者対策や建造物の耐震・耐火性の強化、道路拡張、防災拠点の設置など、あらかじめ災害を想定したうえで地域のグランドデザインを進めていくという取り組みだ。東日本大震災の発生以降、主に首都圏の自治体ではこの事前復興の取り組みが進み始めており、さらには、災害の発生後の復興段階において、次の災害発生に備えて、より災害に対して強靱な地域づくりを行うという「ビルド・バック・ベター(Build Back Better/より良い復興)」という考え方も出てきているという。

 「残念ながら、九州では事前復興もビルド・バック・ベターも、まだそれほど進んでいるようには見受けられません。実際に、建物の耐震化施工や道路・河川の改修工事などのハードの整備を行うとなると、財政的に厳しいところも出てくるとは思いますが、あらかじめ“考えておく”ことであれば、財政的な負担はそれほどかからず、どこの自治体でも取り組めます。災害発生後に住民のコンセンサスを取ることはなかなか難しいでしょうから、平時より、住民やまちづくりの専門家も含めて『どういうまちにしていきたいか』という青写真を描いておくことです。それぞれの首長が旗振り役となるトップダウンのやり方だけでなく、住民1人ひとりが、自分の住む地域のことについて意見を出し合っていくこと。熊本にしろ、朝倉にしろ、今は復興で手いっぱいだと思いますが、“次”が起こったときにどうしないといけないかを、今一度、皆で考えておくべきだと思います」。

住民のコンセンサスを取り、ゆっくりとした復興を

熊本地震被災地の簡素なプレハブの仮設住宅(テクノ仮設団地)

 さらに杉本氏は、イタリアでの災害復興のあり方を例に挙げ、日本における災害復興への取り組みについて、疑問を呈する。

 「イタリアの仮設住宅をご覧になったことがあるでしょうか。仮設住宅とは思えないほど、広くてきれいな立派なもので、リビングのほか、ベッドルーム、キッチンなどに分かれ、クローゼットも備えています。食器や調理器具はもちろんのこと、テーブルやソファ、イス、冷蔵庫やテレビなどの家電製品も備え付け。食洗機まであります。外観こそ、少々簡素なつくりではありますが、私たち日本人が仮設住宅に対してもっているイメージとは、全然違ったものです。そして、日本の仮設住宅と違って、2年の期限がありません。被災者たちは仮設住宅で快適に暮らしながら、その間にじっくりとまちの復興を進めていくことができるのです」。

 日本では、災害救助法と建築基準法により、応急仮設住宅は原則として2年で撤去しなければならないという“縛り”がある。つまり、日本の仮設住宅は後々取り壊すことが前提であるため、簡素なプレハブのものが主流。あくまで“応急の仮の住まい”という位置づけになっている。そのため実際に現地で取材すると、熊本や朝倉での仮設団地に暮らす住民からは、「部屋が狭い」「早く出たい」といった不平・不満の声が多く寄せられた。
 その点、イタリアでは、仮設住宅であっても短期間で壊すことを前提としておらず、長期間人が住み続けられる“資産”として捉えている。そのため、やがて復興が進んで被災者が退去した後も、学生向けの住居や低所得層向けの住居としても転用が可能で、さまざまなかたちで使える多様性を備えている。こうして立派な仮設住宅を整備してその後の復興を進めるイタリアでは、被災者から仮設住宅そのものの、住み心地に対する不平・不満の声はほとんどなく、災害発生後であっても、住民のコンセンサスを取りながら、ゆっくりとビルド・バック・ベターな復興を進めることを可能にしている。これが、日本とイタリアとでの、災害復興に対する取り組みの大きな違いだ。

 一方で杉本氏は、日本・九州ならではの地域コミュニティの強さに対し、称賛の声を上げる。

 「今回の九州北部豪雨の被災地では、私も驚かされる事例が見受けられました。九州北部は住民同士の結束が非常に強く、日ごろから近隣同士で親子や家族のような関係を築いていらっしゃいます。そのため、災害時の避難もお互い助け合うことが当たり前で、避難所でも間仕切りを必要としないほど。防災で重要な『自助』『公助』『共助』に加えて、『近所(助)』という共同体の連帯感があります。このすばらしい地域コミュニティのネットワークを途切れさせることのないよう、皆で取り組んでいかねばなりません」。

 こうした「近所(助)力」に加え、ボランティアなどの支援による“助け合う社会”の構築こそが、今後の災害復興においては欠かせないという。

 最後に杉本氏は、「これまで、災害が発生するたびに、被災自治体から人がいなくなり過疎化が進み、ゴーストタウンと化していく様を幾例も見てきました。今、私が最も懸念しているのは、南阿蘇村です。ここは、阿蘇大橋が被災・崩落して自治体が分断されてしまったことで、多くの住民が移住して外に出て行ってしまっています。また、復興の土木関係者がなかなか回ってこないことで、灌漑施設が復旧しておらず、農業にも多大な影響が出ています。私見ですが、この南阿蘇村をどのように復興していけるかが、熊本地震後の復興が成功するかどうかの“肝”だと思っています。熊本でも朝倉でも、これから復興を進めていくなかで、経済的な観点だけでなく、自分たちがどういうまちにしていきたいか。きちんと自分たちで『事前復興』のコンセンサスを取り、1人ひとりが考えていかねばなりません」と結ぶ。

(つづく)
【坂田 憲治】

 
(後)

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