2024年04月18日( 木 )

【斎藤貴男氏寄稿】「人でなし」のイデオロギー・新自由主義 蘇る、社会ダーウィニズムの悪夢(3)

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ジャーナリスト 斎藤 貴男 氏

「働き方」改革の欺瞞

▲安倍首相が守りたいものは何か

 労働市場改革、教育改革、社会保障制度改革、司法制度改革、公務員制度改革、郵政改革、三位一体の改革……。2000年代に入って急速に進んだ一連の構造改革は、ことごとく新自由主義に基づいていた。たとえば正社員に登用されるのは高学歴の幹部候補生だけで、そうでない者は劣悪な待遇を強いられ、人権も尊重されない非正規従業員以外の道がない近年の雇用情勢。かつては特定の専門職に限られていた派遣労働の形態が、この過程で全面的に解禁された結果である。

 ほかにも“ゆとり”教育とその顛末や年金カット、生活保護費の減額、あるいは法科大学院を修了しないと司法試験を受験できなくなった新制度など、あらゆる分野におよんだ構造改革メニューには共通点があった。出身家庭の経済状況をはじめ、人それぞれに異なる条件―スタートラインの差―をあえて無視して、あたかも公正な勝負であるかのように装う。その実、あらかじめ有利な立場の者が勝つに決まっているイカサマ競争でしかないという事実だ。

 富める者はますます富み、貧しい者はより貧しく、死の淵へまで追いやられていく。疑似競争によるイカサマ社会はかくて完成に近づいた。現時点で進行中なのは、それでも辛うじて残されていた領域への新自由主義の徹底、および、新自由主義で優遇される側の内部における階層の細分化というべきか。

 今年6月29日午後、政権が名付けたところの“働き方改革”関連法案が、衆院本会議で可決・成立した。自民、公明、日本維新の会などによる賛成多数。勤労者の労働環境はこれでより一層、過酷さを増していくだろう。

 そもそもこの“関連法案”は労働基準法や雇用対策法、労働安全衛生法など、8本の異質な法律の改正案を一括して審議するという、極めて乱暴な進められ方をしていた。3月までの審議では、労働時間規制に縛られない「裁量労働制」の拡大が図られたが、政府がその根拠としていた労働時間の調査データに作為と思しき誤りが次々に見つかったため、これに関する条文案は削除された。ただし同工異曲の「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)創設案は残され、その撤回を求める野党の声はかき消されて、採決が強行された経緯もあった。

 “働き方改革”の何が問題かといえば、使用者側が労働者側をより安い人件費で働かせることを可能にする、事実上の“働かせ方改革”でしかないことだ。“高度なプロフェッショナル”(金融ディーラーやアナリストなどが例示されているが、細かな定義はなく、不明な点が多い)を労働時間規制の対象外とする規制緩和には、第1次アベ政権時代の07年にも「ホワイトカラー・エグゼンプション」の名称で導入が図られたが、「残業代が支払われなくなる」「過労死や過労自殺の激増が必至」などといった批判が集中して、断念を余儀なくされた前史があった。

 とりあえずは日の目を見なかった裁量労働制の拡大はもちろん、今回の“高プロ”も、ホワイトカラー・エグゼンプションの焼き直し以外の何物でもない。当面は年収1,075万円以上の人が対象とされるが、塩崎恭久厚生労働相が15年4月に日本経済研究センター主催の朝食会で同制度に触れ、「小さく生んで大きく育てる」と発言しており、対象年収の近い将来の引き下げは必定である。暫定的な数字でしかない1,075万円にしても、6月14日の参院厚生労働委員会で山越敬一労働基準局長が、通勤手当のような、「(額の決まった、使用者側が)確実に払うものはこれに含む」旨の答弁をしていた。高プロの対象範囲は詐術によっても拡大されていくと知るべきだ。

(つづく)

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