2024年03月29日( 金 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(1)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

刑罰万能主義集団(日本検察)と世界法水準との闘い

 国内では無敗(勝率99%以上)を誇る検察であるが、推定無罪を基本原則とする世界水準との闘いに本当に勝利できるのか。

 日本では、検察得意の世論操作が検察リークである。国民世論は概ね、この「報道」により被疑者に黒の印象をもつ。従って、被疑者が否認すれば「人質司法」が公然と行われる。

 来る日も来る日も取調官は被疑者に「自白」を迫り、被疑者は限界まで否認をするが、不幸にも体力も気力も失せて長期拘束による「見えない」取り調べによる自白によって、日本の冤罪は生まれてきた。

 被疑者が否認をする限り、身柄拘束は意味がなく、速やかに公判手続きを開始することが法の規定である。被疑事実を故意に複数の罪名に分断し、「一罪一拘留」という奇妙な原則を悪用し、可能な限りの身柄拘束で、被疑者の自白を獲得する刑事司法が「人質司法」である。

 しかも、それに追い打ちをかけるように、否認被疑者には「逃亡のおそれ」と「証拠隠滅のおそれ」があるとして、裁判所が結果として不当な長期拘留を容認する。ゴーンやケリーは外国籍の外国居住をする被疑者であるから、一層、この「おそれ」は認定しやすい。

 逮捕時に入手した証拠で判明していたその他の犯罪のすべてを逮捕状請求しなければ、その後の逮捕については拘留を認めないとする法令が存在しないために、合法的悪用が罷り通っている。これはすべて、自白偏重の取り調べの実質的継続である。有罪率99%以上の実績をささえる理由の1つである。

 「ゴーンは極めて金銭欲が強く、日本人の常識からは到底理解できない程の役員報酬を要求していた」との強欲性は十分に日本国民には報道された。しかし、これで日本人を世論誘導できたとしても、世界の人々、フランスやレバノン、ブラジルの人々を説得することはできない。とくに、フランス人には刑事犯罪に関する推定無罪の思想は国民に浸透しており、強欲性が本件犯罪の証拠とはなり得ないことの事理弁識は日本人より確実である。極言すれば、本人の強欲性はまったく個別証拠にならないのだから、検察のリークは完全に日本国民向けの世論操作でしかない。

 逮捕された2人の被疑者は当然、違法性について否認した。今後も否認し続けるのであるから、検察は次から次に別罪による逮捕の積み重ねで長期拘留を図るほかないが、それとて、成算の立つ取調方法ではない。検察はさらに冒険を犯すのだろうか。

有名法律家の変節

 国会議員でもある若狭勝弁護士は、ヤメ検として有名な日本の法律家である。彼はゴーン逮捕の直後にテレビに出演して、古巣でもある日本の検察の信頼性を前提に逮捕の正当性を解説した。

 しかし、ゴーンら2名の否認報道と前後して極めて明白な変節を示した。「検察はこれまでの小出しのリークをやめて、何が虚偽であるかについて国民にわかりやすい説明をすべきである。そうでなければ、世界の世論を含めて説得できない」と主張した。

 ゴーンらの被疑事実が有価証券報告書虚偽記載罪であるから、具体的にどのような行為事実が虚偽にあたるのかの説明が必要だと主張した。これは日本では人権派と呼ばれる弁護士でさえ主張したことがない、起訴状公開前の被疑事実の立証要旨説明である。

 日本の刑事裁判では、検察官は起訴状によって初めて犯罪事実の詳細と被疑者の嫌疑事実、逮捕の正当性を主張する。起訴前に被疑事実の詳細、被疑者の犯罪事実を国民が納得する程度の説明が必要との主張は、本件が明らかに国際的事件で、従来の検察の刑事司法の手法では国際的批判は免れないとの見識によるものと推察される。そして、その根本理由が、経済事犯に関する刑罰権の発動プロセスの異常さにあることを自覚したからである。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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