2024年04月20日( 土 )

強い地域経済をつくり出す~エミー(笑み)とゼニー(銭)で地域を再生

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(一財)こゆ地域づくり推進機構 代表理事
まちづくりGIFT 代表理事 齋藤潤一 氏

 宮崎県児湯郡新富町は、南北に長い宮崎県のほぼ中央部に位置する。人口1万7,000人弱、野菜栽培を中心とする農業の町で、航空自衛隊新田原基地があることでも知られる。町では今年4月、(一財)こゆ地域づくり推進機構(こゆ財団)を設立した。代表理事として招聘したのは、「シリコンバレー流の地域づくり」を標榜する齋藤潤一氏。財団は、特産品販売と起業家育成の2領域にまたがる事業を展開し、ライチをリ・ブランド化するなどの新しい取り組みをスタートさせている。

地域の潜在力を持続可能なビジネスに育てる

 ――こゆ財団は、まちづくりに関してどのような取り組みを進めているのでしょうか。

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 齋藤 以前から、まちづくりに必要なのは「強い地域経済をつくる」ことだと考えていました。新富町での取り組みは、この考え方のまさに具現化だと思います。
 新富町は人口約1万7,000人の農業主体の町です。農業の町ということでは全国各地に似たような町がありますが、そのなかでも新富町独自の地域資源などを生かした地域づくり・まちづくりをかたちにしたい。今取り組んでいるのは、新富町でつくられた「楊貴妃」ブランドの生ライチを、1粒1,000円程度で販売できるまでに事業化することです。ライチビールをつくる企画も進んでいるのですが、そういった事業が軌道にのってライチの販売が増えれば、地場農家も潤って農地も広がる。すでに、そういった取り組みを知った移住者が福岡のような魅力的な町からもやって来ていて、相乗効果で若い世代も新しい取り組みを始めています。
 一過性の盛り上がりではなく、持続可能な地域づくりが必要だと思っているので、こうした波及効果が広がることが一番重要だと思います。

 ――持続可能な地域づくり、とは。

 齋藤 私は、地域づくりでまず実現すべきなのは、「エミー(笑み)&ゼニー(銭)」だと思っているんです。つまり、お金を稼ぐことと人生を充実させて笑うことの両方を実現すべきだということですね。これまでの地域づくりって「笑み」のほうばかりが優先される傾向にありました。経済効果の話になると、なぜか「何とかなるよ」とか、「みんな幸せなら、お金を稼がなくてもそれでいいじゃん」という話になっちゃう。
 地方創生が叫ばれるようになって4年くらい経ちますが、もうそんな段階ではないと思うんです。896自治体が今後約30年で消滅するという、いわゆる「消滅可能性都市」のデータが知られるようになりましたが、なかなか具体的に「じゃあどうするんだ」という議論になっていないのが現状です。では、「銭と笑み」バランスの良い地域づくりを進めるために何が必要なのか。私は、地域経済に本格的なビジネスの仕組みを導入することが必要だと考えています。新富町での取り組みはまさにその実現への挑戦で、ビジネスの仕組みを入れることで地域がきちんと活性化されるのを証明したいのです。
 地域の力を拾い上げるために一貫して大事にしているのが、徹底的に町を歩いて、キーパーソンの声を拾い上げていくということです。それを徹底しているうちに、東京のような大都市でも売れる可能性があるものが見つかります。それが新富町ではライチだったのです。ライチの生産は4年くらい前から始まっていましたが、今年になってリ・ブランディングしたことで全国に広がりました。

スモール・イズ・ビューティフル

 ――齋藤さんが考えるブランディングとは。

齋藤 潤一 氏

 齋藤 リ・ブランディングするときには、ライチをただつくって終わりじゃなくて、ライチビールを開発したり、ふるさと納税で予約販売を受け付けたりするなど、複数の事業展開を常に考えます。農家もそれで収益が増え、雇用も増えて、地元にお金が落ちるようになった結果として、笑みも生まれる。品質が高いことは前提条件ですが、ここで取れたライチが東京ではワンホール1万6,000円で売れるんですから、きちんとブランディングすることの意義は大きい。11月には、東京で大きなイベントに招待されて参加します。政府が地方創生の波をつくってくれたおかげで、私たちのような小さな町の小さな団体でも大企業と対等に組んで商売ができる流れができています。

 私が採用しているブランディングの概念は、約50年前に出版された『スモール・イズ・ビューティフル』という本から得たものです。著者であるイギリスの経済学者シューマッハーが書いているのは、「もう、大量生産・大量消費はなくなる。小さくても美しいビジネス、美しい組織こそが持続可能なモデルとして必要だ」ということでした。

 小さな組織だとしても、あるいは小さな組織だからこそ「縦軸」で事業を考えことで、十分に戦えるんです。縦軸とはつまり、世界でも通じるようなコンテンツをつくり上げるということです。これまでは、商品をいかに広げていくかという「横軸」思想が中心でしたが、情報伝達のスピードも範囲も広がった現在においては、世界中の人から「あそこのライチは美味しい」「あそこは面白い地域だ」と言ってもらえるようなビジネスづくりやブランディングが必要なのです。世界を相手にしているという姿勢自体が、ブランド価値を高めることにもなりますから。新富町のライチは、間違いなく世界トップクラスの味と品質を持った縦軸の商品ですので、これを磨き上げていくことで持続可能なビジネス展開は可能だと確信しました。

「永遠のよそもの」から愛をこめて

 ――商品開発などと並んで「人財」育成を事業目的にしています。

 齋藤 商品開発などの特産品販売が短期的ゴールだとしたら、「人財」開発は長期的な目標だと考えています。この2つが融合的にシンクロして初めて、地域おこしが可能になるのです。それがないと、長期的・持続的に地域経済が動いていきません。
 起業家育成塾を4月に開校して、すでにその受講生たちがテレビや新聞に出て活躍し始めています。伝統農家の3人が、伝統きゅうりを復活させるプロジェクトを始めたり、それをまた財団で売っていこうという動きがあったり。持続可能で循環する社会がものすごく重要で、そのためには人が成長することが必要です。
 「強い地域経済をつくる」って、わかりやすく言うと「持続可能である」ということなんです。財団でファーマーズマーケットやフリーマーケットを主催していますが、その目的は地域のお金を循環させることです。財団ができてから、町の中心にある商店街のシャッターを3つ開けることができました。これから学習塾と昆虫を売る店がオープンする予定で、こういった「成長の見える化」も重視しています。

 ――地域の強みを見つけるには、外からの視点が大事なのでしょうか。自分たちの強みを見失っている企業も多い。

 齋藤 それは大きいと思います。私は「永遠のよそもの」であろうと思っていて、共同体のしがらみにも入らないし、執着もしない。だから議会であろうと町長であろうと思っていることはちゃんと言うので、そこが地域にとっては毒ではあり、外部取締役みたいに嫌われる存在かもしれない。でも、私としては地域に対する最高の愛情表現だと思っているんです。
 「強み」は結局、市場の中では相対評価でしかありません。それよりも、最重要視しなければならないのはミッションなんです。ミッションがないと自分たちが何をしたいのか見えなくなりますが、それさえしっかりしていれば、基本的に何をやっても構わない。
 強い地域経済をつくる向こう側に見ているのは、持続可能なまちづくりであり、町の人が幸せに暮らすためにどうすればいいのかを常に考えています。その一方で、まちづくりが成功するか否かは、住民のやる気にもかかっている。財団には、地域から事業計画の相談などがたくさん来ているんですが、思いのこもっているものは楽しいし自分の成長にもなります。これからも同じ志を持つ方やミッションが近い方々と、持続可能な地域づくりの実現に向けて、努力し続けたいと思います。

<プロフィール>
齋藤 潤一(さいとう・じゅんいち)
地域プロデューサー/慶應義塾大学大学院非常勤講師/MBA(経営学修士)
1979年生まれ。大阪府出身。米国シリコンバレーのITベンチャー企業で、全米の利用者向けのWeb・携帯配信サービスのブランディング・マーケティング責任者を務め、同サービスの世界展開を行う。帰国後、会社を創業。大手企業から官公庁、地域プロモーションで実績多数。ITを活用した地方企業の再建を成功させる。シャッター通り、耕作放棄地、人口減少、過疎化など地方で起きている現状を目の当たりにし、ビジネスを活用して持続可能な地域づくりを実現する「まちづくりGIFT」を開始。

 

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