2024年03月28日( 木 )

周囲と調和しつつも個性を発揮、建築に求められる場所性(前)

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yHa architects 一級建築士 平瀬 有人 氏
佐賀大学大学院 准教授

 時代が変わるなか、都市の在り方が変わるなか、建築に求められているものとは何か――。さまざまな建築プロジェクトに携わる新進気鋭の若手建築家であり、佐賀大学では教鞭を執って学生に教える立場でもある、yHa architectsパートナーの平瀬有人氏に聞いた。

スイスと日本の建築への意識の違い

 ――九州に来られる前は1年間スイスにおられたそうですが、日本とスイスとで建築の違いのようなものは感じられましたか。

 平瀬 全然違いますね。やはり文化度と言いますか、向こうでは“建築文化”というものが地域の人々のなかに根付いています。そのため、いざ街中で新たに建築物が建つとなったら、大ごとなわけです。たとえば、日本でもザハ・ハディッド案の国立競技場をめぐって騒動になりましたが、あれと同じようなことがスイスでもありました。住んでいたバーゼルという街の中心部で「劇場をつくろう」とコンペが行われて、ザハ・ハディッドが勝ちました。しかしその後、ザハ案のパースや模型などを見た市民により住民投票が行われて否決された結果、結局のところ建つことなく終わりました。それくらいスイスでは、住民の方々が建築への動向に対してと言いますか、自分たちの街がどうなっていくのかについての意識が、非常に高いように思います。日本とは全然違いますね。

 ――日本だと、どこにどんな建築物が建とうが、多少の興味はあるにせよ、皆さんほとんどスルーされますね。

 平瀬 そうですね。それに日本の場合ですと、建築の際には安全上の配慮でもあるのでしょうが、敷地を仮囲いで覆って、外からは全然見えない状態で進められてしまいます。そのため住民にとっては、何が建つかもわからないまま、知らないうちにいつの間にか建築物ができている――そんな感覚なのかもしれません。なので、建築物に対する意識がスイスとは違うな、と感じます。
 また、スイスやヨーロッパの場合ですと、もともと建築物は石造が多く、100年、200年と普通に残ります。そうしてずっと残るものですから、ある程度しっかりとお金をかけて、良い建築物をしっかりとつくりましょう、といった文化があり、デザインに関しても地域の住民の方々はすごく興味を持っていますね。それだけ目を光らせています。

自然風景と伝統的な町並み、それぞれのなかでの建築

 ――次に、平瀬さんの手がけられているプロジェクトについて、いくつかおうかがいします。まず、現在進められている「五ケ山ダム湖畔観光拠点」のプロジェクトについてお聞かせください。

 平瀬 ここは、2018年に完成する予定で五ケ山ダムの工事が進んでいますが、その湖畔に位置する場所にある観光拠点で、周囲には脊振山系の山並みをはじめとした豊かな自然とダム湖が織り成す、すばらしい景観があります。そのため我々としては、周囲の景観と調和するデザインが必要だと感じ、敷地形状をオフセットしたようなボリュームの建築と緩やかな階段によって、駐車場から屋上のジグザグテラスまでスムーズにつながるイメージの、ランドスケープと建築とが連続したかたちの提案を行いました。また、周辺には自然だけでなく、那珂川町の歴史文化といった地域の誇りとなる宝があると感じましたので、単なる建築だけでなく、人々の活動を支える居場所としての、豊かな地域資源や人々とつながる交流のハブのような観光拠点を目指しています。
 具体的には、敷地内に飲食や物販などの商業施設とトイレを備えた道の駅に近いイメージの施設ではあるのですが、全体的に木の格子やウッドデッキを配して木質空間を形成するとともに、景観がすばらしいので屋上をジグザグテラスとして展望台にしています。また、すぐ近くにはダムの管理事務所や付属施設がありますが、それが見えてしまうとせっかくの風景を阻害してしまいますので、建物内部からはそこが隠れるように厨房などを配して風景をフレーミングしています。

 ――以前、那珂川町の武末茂喜町長に取材させていただいた際にも、五ケ山ダムが完成したらそこも観光拠点の1つとして町の魅力向上に一役買ってもらいたいと話されていました。こうした施設があると、人を呼び込みやすいですね。

 平瀬 近くにはキャンプ場もできるとうかがっていますし、このエリア一帯の道の駅的な施設としての役割を担うとともに、アウトドアの拠点にもなっていくのではないかという気もしますね。

 ――こうした新たな建築のほかに、古い建築物の改修なども手がけられています。次に、富久千代酒造の酒蔵改修ギャラリーについておうかがいします。

 平瀬 富久千代酒造さんは「鍋島」という日本酒をつくっている酒造で、伝統的建造物群保存地区にあります。最初に我々が相談を受けたときは、当時は倉庫として使われていた1921年竣工の旧精米所だった登録有形文化財の建物があるのですが、すでにボロボロの崩れそうな状態で、それを何とかしてほしいという話でした。ちょうど「鍋島 大吟醸」が「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)2011」で日本酒部門の最優秀賞「チャンピオン・サケ」に選ばれ世界一になったこともあり、一気に有名になって、観光客も多く訪れるようになっていたので、まずは通りに面した母屋の改修から始めました。母屋の改修にあたっては、もともと和室で畳だったところを剥いで土間にしたほか、壁にも格子を付けて瓶を展示する什器を考えたり、テーブルやイスのデザインも行ったりして、全体の空間を形成しました。これが非常に好評だったこともあり、先ほどお話しした旧精米所の建物を、今度はメインのギャラリーにしましょう、ということで取り掛かりました。ここでは、薄い12mmの鉄板を2枚入れ、その上の梁が落ちて来ないようにする造りになっています。鉄板にロの字型の枠を設けることで、これが実は構造補強になっています。これを挿入することで平面的にも入れ子のようになり、真ん中にギャラリーがあって、裏にトイレとキッチンと収納のような構成になっています。
 やはりお酒が好きな方というのは、蔵元を見たいんですね。このギャラリーの後ろにも登録有形文化財の建物がありますし、そこへの動線をちゃんとつくるために、エントランスブリッジをつくったり、回廊をつくったりと、そういった一連の流れで、全体のなかでの在り方を考えています。

(つづく)
【坂田 憲治】

<プロフィール>
平瀬 有人(ひらせ・ゆうじん)
1976年生まれ。東京都世田谷区出身。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、同大学院博士後期課程単位満了。博士(建築学)。ナスカ・早稲田大学理工学部建築学科助手・非常勤講師を経て、yHa architectsパートナー。2007年に文化庁新進芸術家海外留学制度研修員(在スイス)、08年より佐賀大学准教授を務める。
URL:http://yha.jp

 
(後)

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