2024年04月20日( 土 )

防災の専門家が考える、九州北部豪雨の教訓とは?(前)

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九州大学大学院 工学研究院 附属アジア防災研究センター
教授 三谷 泰浩 氏

 行政と住民の合意形成は、まちづくりはもちろんのこと、災害からの復旧復興においても重要なカギになる。災害(防災)を専門とする九州大学大学院の三谷泰浩教授は、九州北部豪雨発災後、朝倉市や東峰村に入り、第三者的な立場で実際の行政と住民の話し合いの場に参加した経験をもつ。朝倉市や東峰村が復旧復興を進めていくなかで、どのような話し合いが行われてきたのか。どのような問題が生じたのか。真の復旧復興のためには、どのような合意形成プロセスが望ましいのか。災害時の合意形成に関する経験知をもつ三谷教授に話を聞いた。

三谷教授
三谷 泰浩 教授 

「環境」と「防災」は同じもの

 ――三谷先生は、災害が専門なのですか。

 三谷 もともとは環境に関する研究を中心に行っていました。私は、環境問題と災害(防災)は同じだと考えています。環境問題が取り扱うのは、長い時間にわたる状況の変化ですが、災害は、その時間スパンがものすごく短いものを取り扱うわけです。時間スパンが違うだけで、現象や状況の変化を見るという意味では、環境問題と災害は同じだと考えています。環境問題も災害も、場の変化を捉えて、その変化にどう対処するかを考える学問なんです。土木には、いろいろな現状の変化や土地利用の変化などを考える仕事もあるので、そういった観点から、災害をテーマにした研究を行っています。

 防災には、発災後から「応急対応」「復旧復興」「減災」「事前準備」という4つのプロセスがあります。「復旧復興」「減災」「事前準備」は、非常に時間がかかるプロセスですが、私は一番大事なプロセスだと考えています。これらのプロセスをスムーズに実施するためにはどうすべきかについて、研究を行っているところです。最終的に「何が起こっても、命さえ守れれば」というゴールはあるのですが、そのために自分たちができることは何なのかということを、被災した住民の方々などに伝えることも、主たる研究の1つになっています。

不満を募らせた朝倉市住民

 ――2017年の九州北部豪雨の際にも、最初は調査目的で朝倉市などに入ったのですか。

 三谷 そうです。私は当時、アジア防災研究センター長をやっていました。九州北部豪雨のために「大学として動こう」という話になり、九州大学の各学部の先生約50名からなる支援チームをつくりました。

 ――三谷先生は、どのような活動をされたのですか。

 三谷 私も最初は、学術的な興味で調査に入りましたが、途中から、朝倉市や東峰村の自治体や住民たちと一緒になって、復興計画の策定に向けた合意形成に関する活動にシフトしました。朝倉市では、市の復興計画策定委員会に参加するとともに、7つある地域別協議会に、まずはオブザーバーとして参加しました。被災した年の10月くらいのことです。

被災現場の調査を行う九州大学支援チームメンバー
被災現場の調査を行う九州大学支援チームメンバー

 ――オブザーバーでしたか。

 三谷 最初はそうでした。朝倉市役所と住民がちゃんと話し合えば良いと思っていたのですが、話し合いがスムーズに進まなかったんです。住民には「朝倉市は何も対応してくれない」という思いがありました。朝倉市は、住民目線の施策まで手が回らなかったからです。2回目の会合からは、私が積極的に話し合いに参加するようにしました。

 朝倉市は発災後、杷木地区の被災の状況をあまり把握していませんでした。だから、住民から「なんで朝倉市は何もしてくれないんだ」という不満が噴出したんです。朝倉市は実際、何をしたらいいかもわからなかったと思います。被災した範囲が広かったことや、人手が足りなかったことも原因の1つだと思いますが・・・。

 地域別協議会には、地域の代表者だけが参加するのですが、住民の意見をまとめなければならないので、代表者の多くは、会合を重ねるごとにノイローゼのようになっていきました。そこで、地域ごとに集落会議を開くようにしました。この地域では何が問題なのかを集約したうえで、協議会で話し合うことにしました。このころは、ほぼ毎日、被災地に入っていました。そういったかたちで、自治体と被災地の橋渡しをずっとやってきたつもりです。

 そういうことを繰り返していくうちに、どうしても住民寄りの立場になってしまうわけです。住民の「ガス抜き」が必要になるからです。彼らはとにかく自分の周辺のことが心配なんです。「自分の裏山は大丈夫でしょうか」といわれるので、私が見に行って「ここはこうしたほうが良い」などとアドバイスするわけです。

被災住民による会合の様子
被災住民による会合の様子

ルールで決まったことしかやらない朝倉市役所

 ――自治体は動きましたか?

 三谷 ある程度はですね。いろいろ伝えても、自治体からは「お金がない」という回答が多いわけです。国の補助制度を使うにしても、罹災や被災状況を調査する必要があるわけで、時間がかかります。行政はタテ割りの世界なので、たらい回しにされるケースもあります。住民の不満は、そういったところにも向けられていましたね。

 17年12月には、何とか復興計画の中間とりまとめに漕ぎ着けました。やっと応急復旧が終わって、これから復旧復興のプロセスにシフトする段階になったわけですが、そこでまた住民からいろいろな要求が出てくるわけです。「流木が詰まったので、川幅を広げてほしい」とか、そういう話がたくさん出てきました。そして昨年3月に復興計画が策定されました。

 ――朝倉市が復興推進室を設置したのは、昨年7月末でしたね。

 三谷 復興計画策定から復興推進室設置までの間、実はいろいろあったのですが、私が朝倉市役所と関わったのは、復興計画策定までです。それから朝倉市役所とは、あまり接点がありません。朝倉市の住民から呼ばれて現場に行くことはありますが・・・。

 市では、住民の要望に理解を示し、積極的に動こうとする職員もいたのですが、ほとんどの場合は「その件は、県に任せたから」「国に任せたから」というような、ルールなどで決まったことしかやらないという雰囲気がありました。

(つづく)
【大石 恭正】

<プロフィール>
大石 恭正(おおいし・やすまさ)

立教大学法学部を卒業後、業界紙記者などを経て、フリーランス・ライターとして活動中。1974年高知県生まれ。
Email:duabmira54@gmail.com

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