2024年04月27日( 土 )

防災の専門家が考える、九州北部豪雨の教訓とは?(後)

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九州大学大学院 工学研究院 附属アジア防災研究センター
教授 三谷 泰浩 氏

理想的な復旧復興が進む東峰村

 ――北部九州豪雨の支援も消化不良になっている?

 三谷 朝倉市に関しては消化不良です。ただ東峰村では、行政と住民の関係はうまくいっています。私は朝倉市と並んで、東峰村にも出入りしていました。東峰村役場には、今でもアドバイスしています。ご相談を受けることが多いので、私としても、しっかり知恵を出すようにしています。住民へのアドバイスも続けており、防災意識も高まっています。災害伝承館をつくるなど、理想的なかたちで復旧復興、減災、事前準備が進んでいます。東峰村は朝倉市と比べ、人口も少なくエリアも狭いので、発災直後から行政が被災の状況などをきちんと把握できていました。

東峰村災害伝承館
東峰村災害伝承館

 朝倉市の場合は、先に復興計画策定委員会を開き、地域別協議会は後だったんです。まず大きな方針を立てて、個別の案件はその後という考えの下でそうしたのですが、実はこれは逆なんです。まず地域の個別の問題を整理して、そのうえで全体の方針を決めるべきなんです。東峰村は、このやり方でやりました。地域住民全員が参加するワークショップ形式の地域協議会を開き、将来のことも踏まえた議論を行ったうえで、昨年3月に復興計画をまとめました。今は、個人の「タイムライン(防災行動計画)」をつくっています。今年度中に地区防災と合わせて、地区防災計画を策定する予定です。

合意形成には知見をもった第三者が必要

 ――九州北部豪雨から得られた教訓は?

 三谷 災害時には、住民は目先のことしか見えません。応急復旧段階では、自分の周囲半径100mが元に戻ることしか考えられないのです。

 一方で、被災した自治体は自治体全体のポリシーとして、将来を見据えた復興計画をまとめる必要があるわけです。その際には、地域の歴史や文化をしっかり踏まえたうえで、住民の意見を集約し、中身を積み上げていかなければなりません。実際に、私が朝倉市や東峰村に入ったときには、そういう話を何度もしてきました。誰もが目先のことしか考えられない状態のなかだからこそ、ある程度先を見越したうえで、物事を考えることが大事だというのが教訓というか、私自身が気をつけてきたことです。

 被災した住民は不安でいっぱいですから、行政はまず彼らに安心感を与えてあげる必要があります。住民は、行政の職員が「ちゃんと復旧させますよ」と一言声をかけてやれば、それで安心するんです。ただ実際には、「それはできません」などと職員が平気でいうわけです。たしかに、行政として「何でもできる」と安請け合いできないのは理解できますが、住民の不安は募ります。そして不安は不信感に変わります。住民が不信感を抱えた状態では、復旧復興はスムーズに進みませんよね。ものの言い方であるとか、ちょっとしたことだとは思うのですが、「言質をとられたくない」ということで、それができないんでしょう。

 ――合意形成という点では、どうですか。

 三谷 行政と住民だけでなく、専門的知識をもった第三者が介在したほうが良いと思います。それだけで、合意形成はかなり楽になると思います。住民は、専門家の意見には耳を傾けてくれますので、行政と同じことをいっても、受け止め方が全然違ってきます。

 たしかに、行政や住民にとって第三者の存在は、最初は違和感があるのだろうと思います。実際、最初に被災地に入ったころには、「どうせちょこっと入って、興味がなくなったら消えていくっちゃろう」という目で見られました。その後、集落会議などに足しげく通うことによって、信頼関係が生まれました。

 ――行政による住民説明会で、本当に住民の理解は得られているのでしょうか。

 三谷 そうは思いませんね。専門家が設計図面を見せながらしゃべっているのを聞けば、普通「まあ、いいんじゃない」と思うでしょう。典型的なのは、東日本大震災の防潮堤ですよね。平面図で説明したので、どの住民もあんな巨大なものができるとは知らなかったわけです。朝倉市の場合でも「河川をこう改修します」と説明されれば、理解はできないけれども、今よりも良くなりそうだから、とりあえず納得するわけです。私はそこで、「こんな工事したら、川に降りるのが大変になるよ」などと住民にアドバイスします。すると、住民は「あ、そうか」と初めて理解するわけです。

 ――行政からすれば、「余計な入れ知恵」をしていることになる?

 三谷 そういうことです(笑)。彼らにとって、やりにくくなるわけです。ただ、せっかく復旧するのであれば、住民が本当に納得したものをつくったほうが良いと思うんです。先日見てきた赤谷地区の砂防ダムは、まさにそうでした。砂防ダムの奥の山上には大量の流木が残されているわけです。で、入れ知恵をするわけです(笑)。砂防ダムは、土砂の量は計算していますが、残された流木は一切計算に入れていません。このダムは5年持てば良いほうで、流木がダム下に溜まったら、土砂は予定量の半分も止められなくなる、と。

 ――行政にとっては、知られたくない話でしょうね。

 三谷 お金の限度がありますからね。流木については、砂防ダムの完成後、5年以内に撤去するらしいのですが、砂防ダムができてしまうと、迂回して8mぐらい山を越えないと取れなくなります。赤谷川の改修設計でも、土砂の量を考えていないのですから。土砂はすべて山で止めるので、川には水だけ流れてくるという前提で「この川幅で大丈夫」ということをやっているんです。そんなことで、本当の安全は確保されるのでしょうか。チグハグなんですよ。

 現場では、今でもおかしいことがたくさん起こっています。工事をトータルで管理していないからだと考えています。

(了)
【大石 恭正】

<プロフィール>
大石 恭正(おおいし・やすまさ)

立教大学法学部を卒業後、業界紙記者などを経て、フリーランス・ライターとして活動中。1974年高知県生まれ。
Email:duabmira54@gmail.com

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