2024年04月19日( 金 )

加熱する米中貿易戦争 データ覇権で遅れる日本(1)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

米中間の対立は精鋭化する一方である。当初は関税の掛け合いであったが、その後、「新冷戦」と揶揄されるまでに軍事、安全保障の分野における覇権争いの様相を呈するまでになってきた。次世代通信の5Gの主導権をめぐる通信衛星の打ち上げ合戦も加熱する一方である。ワシントンと北京で繰り返される貿易通商協議も一進一退を繰り返すのみで、相互の信頼関係は望むべくもない。

暗号を制した中国

着々と宇宙空間の実効支配を進める中国
 ※写真はイメージです

 米中間の対立の背景にあるのは「経済、安全保障の両面にわたり、中国がアメリカに追いつき、追い越そうとしている」とのトランプ政権の間に広がる危機感である。アメリカの国防総省が2年前の2017年6月に公表した『アメリカ優位時代以降のリスク分析』には、そうしたアメリカの焦りといら立ちがすでに随所に散りばめられていた。

 曰く「米軍はかつての他国の軍事的行動を思いとどまらせるような軍事的優位性を失ってしまった。苛立たしい限りであるが、我々は戦争に負けることを受け入れざるを得ない状況に追いやられている。ロシアや中国はこうしたアメリカ軍の限界に付け入り、軍事力の増強と影響力の拡大に邁進中だ。なかでも、中国の南シナ海における支配地域の拡張には目に余るものがある」。

 とくにアメリカが危機感を抱いているのは、量子暗号の分野での中国の躍進ぶりである。「暗号を制する者が世界を制する」といわれるが、2016年の時点で、中国は「人類が解読できない」と目される「量子暗号」の生成に成功したのである。中国科学技術大学がオーストリアとの共同研究を経て、開発に成功。その成果に基づき、2018年、中国は量子暗号通信衛星「墨子号」の打ち上げにも成功した。その結果、中国は今後、すべての通信を量子暗号で行えるようになったのである。これは人類初の快挙であり、アメリカの完敗と言っても過言ではないだろう。

追い抜かれたアメリカ

 中国の猛追は量子暗号に止まらない。2019年1月、中国は月の裏側に衛星を軟着陸させることにも成功した。「ラグランジュ点」と呼ばれる引力ゼロの宇宙空間の1点に通信中継を行う衛星を着地させたことで、地球からの信号を中継して月の裏側に信号を送ることができるようになった。これにはアメリカの科学者も脱帽した。

 この時点で、中国は宇宙空間における覇権争いでアメリカを追い抜いたことになる。GPSを始め、今後の5Gの通信に関しても宇宙からの電波の送受信が欠かせない。この分野で中国がアメリカを逆転したのである。

 そのため、トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」の維持のためにも軍事力の強化に並々ならぬ意欲を見せ、国防予算の増加に熱心に取り組んでいるわけだ。にもかかわらず、国防総省の分析ではアメリカ軍の優位性は根底から揺らぎ始めている。その原因こそが「中国」なのである。「このままでは、早晩、アメリカの世界的地位は中国に脅かされる。今ならまだ間に合う。何としても中国の影響力のこれ以上の拡大を阻止せねばならない」。これがトランプ政権による「対中関税強化策」の隠された狙いである。しかし、量子暗号や宇宙開発の面で比較すれば、アメリカの劣勢は否定のしようがない。

 実は、現在、宇宙で稼働している国際宇宙ステーションは2024年に寿命が尽きることになっている。本当は2022年が限界なのだが、何とか2024年まで引退期限を延ばすことになった。その後の宇宙開発は中国主導で進むことになりそうだ。というのも、これまでアメリカは国際宇宙ステーションに参加を希望した中国を拒絶してきたため、中国は独自の宇宙ステーション「天宮1号」「2号」「3号」を打ち上げ、2022年にはすべてが有人宇宙ステーションとして稼働し始めるからだ。

 アメリカではオバマ政権時代に宇宙開発予算を削ってしまい、現在、トランプ政権が必死で起死回生を狙っているが、時すでに遅しといった状態である。中国はこの間、発展途上国を対象に人工衛星の打ち上げ代行サービスを加速させており、着々と宇宙空間の実効支配を進めてきている。次世代通信5Gに必要な通信衛星や基地局の設置に関しても中国は圧倒的に有利な地盤を固めてしまった。恐るべき先見性に裏打ちされた先行投資のなせるワザとしか言いようがない。とはいえ、アメリカも日本もその実態をなかなか認めようとはしない。

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸 (はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。16年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見~「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。

(2)

関連キーワード

関連記事