2024年03月30日( 土 )

監訳者に聞く 「MMT(現代貨幣理論)」とは何か?(2)

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経済評論家((株)クレディセゾン主任研究員) 島倉 原 氏

MMTのルーツはケインズ経済学

 ――島倉さんご自身も言論活動を行われていますね。

 島倉 私が言論活動を始めたのは2011年からです。最初は単なるブロガーでしたが、14年に経済評論家の三橋貴明さんが主宰するメルマガの執筆陣に加わるなど、徐々に活動の幅が広がっていきました。そうした活動のなかで書きためたものを本にしたいと考え、15年に『積極財政宣言 ―なぜ、アベノミクスでは豊かになれないのか』(新評論)を出版しました。同書の原稿をメルマガ執筆者の1人でもある京都大学の藤井聡先生に見ていただいたことがきっかけで、同じく15年に、社会人ドクターとして京都大学の博士後期課程に入学しました。

 私の言論活動の基本は、理論だけではなく現実のデータに基づいて、何が問題なのか、そして解決策として何が正しいのかを分析、指摘することです。日本経済は過去20年余り、名目GDPが増えず、デフレが続いています。こんな国はほかにありません。さまざまなデータを調べてみると、その原因が長年にわたる財政支出の抑制、すなわち緊縮財政であることが明らかになりました。ただし、こうした見解は決して多数派ではありません。

 ――MMTとの出会いは?

 島倉 実は、『積極財政宣言』を出したころは、MMTの存在はまったく知りませんでした。「機能的財政論」を唱えたアメリカの経済学者アバ・ラーナーについて調べていた16年ごろにランダル・レイの存在を知り、『MMT入門』の原著を読んだのが始まりです。ラーナーはジョン・メイナード・ケインズの弟子にあたり、機能的財政論は、政策論としてのMMTの原型ともいうべきものです。

 『MMT入門』の翻訳の話は1年以上前から検討されていました。ただ、私自身が関わるようになったのは今年の春からです。最初は原稿の大まかなチェックをお手伝いするだけでしたが、最終的には監訳というカタチで関わることになりました。

 ――日本でのMMTの紹介者は中野剛志先生ですか?

 島倉 MMTというまとまったカタチで日本で紹介した書籍は、中野さんが16年に出版された『富国と強兵』(東洋経済新報社)が恐らく最初だと思います。ただ、MMTが属するポスト・ケインジアン(ケインズ理論の後継学派)関連の専門書でも断片的ながら紹介はされていて、たとえば09年に翻訳出版された『ポスト・ケインズ派の経済理論』(J・E・キング編、多賀出版)では、レイを始めステファニー・ケルトンやビル・ミッチェルなど複数のMMT論者が共同執筆者として参加し、「MMT」という名称は使わずに、その理論を概略的に解説しています。

貨幣は商品ではなく債務証書である

 ――いわゆる主流派経済学(新古典派、ニュー・ケインジアン)とMMTとの違いは?

 島倉 そもそも貨幣に対する見方が違います。主流派経済学は、素材としての価値がある何らかのものが、物々交換の不便さを解消する交換の媒介として用いられたことが貨幣の起源であるという「商品貨幣論」に立脚しています。これに対してMMTは、貨幣の起源はツケ払いのような信用取引にともなって発行された「債務証書」であり、価値の裏付けは素材ではなく、そこに記された債権の内容であるという「信用貨幣論」に基づいています。

 MMTはさらに、通貨すなわち政府が発行する貨幣について、国家が自らに対する支払手段として受け取ることを約束していることが価値の裏付けとなっているという「表券主義」を唱えています。言い換えれば、通貨とは、人々が国家に対して負っている支払債務と相殺できることが約束された、政府の債務証書であるということです。MMTによれば、こうしたメカニズムは4千年前、つまり古代メソポタミアの時代から続いていて、現代では税金の支払手段となっていることが、通貨の価値を裏付けるうえで大きな役割をはたしていると考えられています。

 ――商品貨幣論は間違っている?

 島倉 商品貨幣論は「かつては物々交換経済があった」ことを前提としていますが、歴史学や人類学の分野では、かつて物々交換経済が存在したという事実は確認されていません。つまり、商品貨幣論の前提自体が、いわばフィクションに過ぎないのです。MMTの文献によれば、歴史的にはむしろ、債務証書としての貨幣が先に存在し、それを基礎として市場経済が発展したと考えられているようです。

 また、商品貨幣論では、貴金属などに交換できない不換紙幣が通貨として流通している現代の状況について、つじつまの合った説明ができません。これも、信用貨幣論や表券主義との大きな違いです。

(つづく)
【大石 恭正】

<プロフィール>
島倉 原(しまくら・はじめ)

 (株)クレディセゾン主任研究員。1974年、愛知県生まれ。97年、東京大学法学部卒業。(株)アトリウム担当部長、セゾン投信(株)取締役などを歴任。経済理論学会および景気循環学会会員。会社勤務の傍ら、積極財政の重要性を訴える経済評論活動を行っている。著書には『積極財政宣言─なぜ、アベノミクスでは豊かになれないのか』(新評論)など。

<まとめ・構成>
大石 恭正(おおいし・やすまさ)
立教大学法学部を卒業後、業界紙記者などを経て、フリーランス・ライターとして活動中。1974年高知県生まれ。
Email:duabmira54@gmail.com

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