2024年04月30日( 火 )

日本でも拡大する「医療ツーリズム」の現状

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 日本の高度な医療サービスを求め、外国人が観光と合わせて訪れる「医療ツーリズム」が新たな市場として成長している。主に中国を始めとしたアジア圏を中心に、引き合いが増加。その市場規模は、2020年で5,500億円と見込まれている。

成長産業として政府が後押し

 がんなどの生活習慣病は世界的に増加傾向にあり、その対策として、自国より高度かつ高品質な医療サービスを受けられる国に行くという「医療ツーリズム」が、1990年代から広まり始めた。医療ツーリズムを受け入れている国は、先進国だけでなく新興国も多く、外貨獲得のために国策として取り組んでいるところも少なくない。医療ツーリズムによって、自国よりも割安で受診できることや、手術など早期の治療に対応できることも利点であり、とくにアジア圏では、民間病院の新たな収益源として医療ツーリズムを積極的に導入する傾向が強くあり、市場拡大に寄与している。

 そのなかで日本は、優れた医療技術に加え、世界屈指の医療機器保有率から、治療・健診・検診を目的に、中国を始めとするアジア諸国からの来訪者数が年々増加している。政府も2010年6月に新成長戦略における「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」として、医療ツーリズム(医療観光)の積極的な受け入れを推進。11年1月に医療滞在のビザを解禁したことで、最長6カ月間の滞在が可能なうえ、3年以内なら何度でも入国することができるようになるなど、入国に関するハードルを低くした。

「外国人患者の医療渡航促進に向けた-現状の取組と課題について」
出展:経済産業省

 日本の医療機関にとっても医療ツーリズムは、医療資源の稼働率向上や、より高度な医療機器・サービスを導入する契機となるほか、海外に日本の医療を展開するアウトバウンドの取り組みにつながることが期待されている。

 昨今のインバウンド需要拡大とともに、医療ツーリズム市場は年々拡大している。日本政策投資銀行では10年5月に医療ツーリズムの市場予測として、20年時点で年間43万人程度の需要が潜在的にあるとし、市場規模は約5,500億円、経済波及効果は約2,800億円まで伸長すると試算していた。現状では新型コロナウイルス感染症の影響で来訪する外国人が激減していることもあり、そこまでの成長は難しい様相だが、すでに市場としては成熟化が進んでおり、事態が収束すれば再び市場は戻ると見られている。

 一方で、医療ツーリズム推進の政策に対して、「国民皆保険制度の崩壊につながりかねない」として懸念を示しているのが日本医師会だ。一般企業が関与する組織的な活動を問題視し、「医療ツーリズムが混合診療解禁の後押しになる」と指摘する。つまり、医療に一般企業が参入することで、営利を追求した医療が一部の富裕層のためだけの混合診療を含めた医療サービスにつながることを強く懸念しているのである。

参入増で競争激化 コーディネートに課題も

 医療ツーリズムは、観光と合わせて高度な医療サービスを受診することを目的としており、受診先となる医療施設には最先端の医療設備が完備されているのはもちろんのこと、主に富裕層を対象にしていることから、豪華さや快適さも備えていることが大きな特徴。かかる費用も1人30万円から100万円超と幅広い。たとえば、人間ドックの場合、基本的な検診のほか、がん検診でPET()を実施する「VIPコース」などと呼ばれる高額な検査を実施する施設も多い。

 また、温泉療養と合わせた医療ツーリズムが、食事と運動をバランス良く組み合わせることで心身をリフレッシュし、生活習慣病の改善と自然治癒能力を高める効果に期待が寄せられ、人気を博している。これら観光主体型の医療サービスは、その多くは地方の旅行会社が企画するもので、より多くの外国人来訪者の獲得に向けた企業間競争も激化しているようだ。

 ある医療ツーリズムの企画会社は、「数年前までは、反対する日本医師会の影響もあったのか、検査枠の空きがあれば受け入れる程度で、積極的に確定診断から治療へ取り組む施設は多くなかった。しかし、最近は医療施設からの問い合わせが非常に増えている」と話す。また、「現状は新型コロナウイルスの影響で受け入れを止めているが、その間に東京大学や北海道大学など著名な国立大学病院との独占的な提携を進めており、より高いレベルの医療サービスを提供する体制を敷くことで差別化を図る」と続けた。

 このように拡大傾向にある医療ツーリズム市場だが、課題がないわけではない。現状は検診以外の治療を目的とする場合、医療従事者がコーディネートをしているという企業は少なく、医療施設が必ずしも患者と合致しない場合もあり、治療におけるリスクがともなう可能性がある。今後、医療ツーリズム市場がさらに成長していくためには、医療機関とコーディネートする民間企業の連携の部分を、さらに深めていくことが求められる。

【小山 仁】

※Positron Emission Tomography:点滴で検査薬を投与し、専用の検査機器で体を撮影することでがん細胞を発見する検査^

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