2024年04月24日( 水 )

【特別寄稿/西田亮介】冗長性の欠如がもたらしたもの 「民意」に揺さぶられるリスクマネジメント(中)

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東京工業大学 准教授 西田 亮介

失敗したリスク・コミュニケーション

 ここまで挙げてきた不安と「耳を傾けすぎる政治」をめぐる諸問題にはSNSが普及した現状を踏まえたコミュニケーションの失敗が関係する。世界に目を向けてみると、この分野でのWHOの対応は早く、配慮したものだった。

 WHOは1月31日に新しいリスク・コミュニケーションチームEPI-WIN(Information Network for Epidemics: 感染症のための情報ネットワーク)の創設を公表。EPI-WINのミッションはSNSを中心とする「インフォデミック(infodemic)」に対処することであった。インフォデミックとは、情報を意味する「インフォメーション(information)」と「感染症拡大(epidemic、pandemic)」を合わせてつくられた造語だ。

 EPI-WINは感染症拡大もさることながら、インフォデミックへの対応を初期から重要視していた。正確か否かにかかわらず、情報の過剰性、つまり情報量の増大が人々の不安感を刺激し、対処を難しくすることを懸念する。このことは単に正確な情報を発信するだけでは不十分で、適切な発信方法が重要であることを意味した。

 2011年の東日本大震災当時は、デマの流通や風評被害もあったが、日本のSNSの普及期にあたり、そのポジティブな側面に関心が集まった。しかし今回は状況が異なっている。すでにSNSはスマートフォンなどのモバイルデバイスとともに人々の生活に浸透し、若年世代に限らない幅広い人たちの情報収集ツールになっていた。

 WHOの対応や、前述のような情報環境を踏まえて、政府や厚労省、内閣官房、首長などもそれらの活用を意識したようにも思われる。しかし、いくつかの好例は認められるものの、多くの課題を残した。たとえば省庁や政党のSNSアカウントにおけるテレビに対する「実名反論」。EPI-WINはコミュニケーションの方針を「Identify(明確化)」「Simplify(簡素化)」「Amplify(拡散)」「Quantify(定量化)」と定めていたように、影響力の大きな日本の情報番組の間違いを具体的かつ客観的に批判、反論することそれ自体は、近年のリスク・コミュニケーションのトレンドにかなっているともいえる(そもそもワイドショーがこれらの方針とバッティングする!)。

 しかし省庁のアカウントの投稿内容にも必ずしも正確とまではいえない曖昧な記述や、主観的な内容が含まれていたため、かえって混乱と人々の不安を招来した。こうして専門のセオリーとしては必ずしも間違いとはいえない広報手法は日本では政治的理由で選択しにくくなった。SNS上のリスク・コミュニケーションがリスクになるというまったく笑えない事態に陥り、むしろ政治不信を深めることになってしまった。

(つづく)


<PROFILE>
西田 亮介
(にしだ・りょうすけ)
東京工業大学准教授。博士(政策・メディア)。1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教、(独)中小機構リサーチャー、立命館大特別招聘准教授等を経て現職。専門は社会学。『メディアと自民党』『マーケティング化する民主主義』『無業社会』等著書多数。その他、総務省有識者会議、行政、コメンテーター等でメディアの実務に広く携わる。

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