2024年12月10日( 火 )

清々しい現役引退の1コマ(1)

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一時期はM&Aへと迷う

イメージ画像 何気なくA社の法人登記を見て、創業者オーナー夫婦が取締役を辞任したことを知った。すかさずご夫人に電話してみると、「スパっと決断した。私たちが出社すると社員らが頼ってしまうため、後任の社長らに任せて経営から手を引くことにした。夫も体調が悪化したため、体調回復に専念させ、私も介護に尽くすつもりだ」という驚くべき返事を耳にして、唖然とした。

 下記の出来事は1年前の話である。A社の創業者夫婦は高齢となり、とくにご主人は体の衰弱が非常に目立っていた。本人はいつも口癖で「以前に医者からあと2年の寿命と言われたが、もう4年も生きたために思い残すことや未練はない」と繰り返し語っていた。そこで、筆者が遠慮せずに「M&Aを選択してはどうか」と進言すると、「それはあなたに託すよ」と承諾をいただいた。

 早速、企業価値を査定してM&A方程式を適応すると、売却価格はなんと23億円という値がついた。近年の業績がすばらしいことを考えると、驚くことではなく当然の評価額であると思う。M&Aの買手希望先の企業を探すと3週間で見つかったため、創業者夫婦を訪問して「御社に関心をもつ企業に出会いました。面談のスケジュールを決めてください」と伝えると、ご夫人は「近々、M&Aのお見合いの日取りを決めます」と快諾してくれた。

 思いがけず3日後に、夫人から「ちょっと来てください」と電話があった。「あまりにも早い決断だな」と多少の不安が頭をよぎった。A社を訪問すると、目を腫らした創業者のご主人が応接室に先に入ってきた。「コダマさん!!すまないが、M&Aの件はなかったことにしてくれ」と平謝りをする。筆者は「御社の進路はご夫婦が決定されることです。謝罪していただく筋合いはありません」と恐縮した。

 創業者夫婦は涙を流して、「会社を売却するとたしかに数十億円の金を得られるが、他の人に会社を売却すると社内風土が変わってしまう。このことを考えると社員たちが可哀想になり、毎晩眠れなかった。申し訳ないが、会社の売却は中止する」と本音を語り、頭を下げたのである。筆者は「参ったな!!創業者夫婦が日頃から『社員のために尽くす』と強調していたことは本物の言葉であったのだ」と感動した。

事業継続を社員に託す

 会長である夫人が続いて発言した。「私たち夫婦は、倒産する寸前という地獄の経験をしたことがある。この歳になると、お金はもう必要ない。ここは社員らの能力に期待することにした。生え抜きの社員を社長に抜擢して4年になり、現社長を中心に社内は結束できるようになり、企業基盤も固まったため、銀行からの信用も得られるようになった。老いたる我々夫婦はどう頑張っても先はたかが知れているため、引退する時機が来たと判断し、夫婦ともに取締役を辞任することを決断した」という経緯を耳にしながら、筆者は理念経営を貫く理想の経営者夫婦であると感じ、清々しい気持ちとなった。

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