2024年04月20日( 土 )

【川辺川ダムを追う/特別寄稿】川辺川ダムが「予定通り」作られていれば、死者の多くが「救われていた」はずだ(前)

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京都大学 大学院工学研究科 教授 藤井 聡 氏

 本原稿は、メルマガ「三橋貴明の「新」経世済民新聞」(7月11日)として配信された内容を基に、著者の了解を得て、編者が加筆・編集したものです。

(1)大きな被害をもたらした球磨川決壊

 梅雨前線の日本列島での停滞による「令和2年7月豪雨」は、全国にさまざまな被害をもたらしています。そのなかでもとくに大きな被害を受けたのが熊本。熊本県の死者は55人、行方不明が9人と報道されています。熊本でここまで被害が拡大したのは、球磨川で多数の氾濫と2カ所の決壊があったからです。

 球磨川は、多数の支流から多くの水が流れ込む一方で、川幅が狭く、「日本三大急流」の1つにも位置づけられる河川です。それだけ流れが速ければ当然、豪雨時には、氾濫が生じる「暴れ川」となります。従って河川の技術者たちは皆、今回のような大水害が生ずるリスクが極めて高いという事実を、残念ながらよく認識していたのです。

 だから技術者たちはこの球磨川の「洪水対策=治水対策」のためにさまざまに議論を重ね、行政に迅速な対策を図ることを進言し続けてまいりました。そのなかで技術者たちが、ほぼ唯一の現実的な対策としてずっと進言してきたのが、「川辺川ダムの建設」でした。

(2)球磨川決壊を防ぐために、川辺川ダム事業が40年をかけて進められてきた

 技術的な事前検討によれば、そもそも今回決壊した「人吉」エリアは球磨川で最も脆弱な地点だということがわかっており、そこでの氾濫を防ぐためには、少なくとも川の流量を「7分の3」つまり、43%もカットしなければならないと計算されていました。

 そのための最も効果的かつ現実的な解決策が、「川辺川ダム」の建設だったのです。それ以外にも「放水路をつくる」(つまり、新しい川をもう一本掘って、水を分散させる)、「遊水池をつくる」(ダムの代わりに、大きな池をつくる)などの対策も検討はされたのですが、建設時間も、建設費用も、余分にかかってしまうことが示されており、現実的な解決策としてダム建設が得策となろうと判断されたのです。こうした経緯で川辺川ダム事業は、1966年から始められ、2008年時点ではおおよそ7割程度の進捗状況にまで至っていました。

(3)「ダム不要論」の世論に押されるかたちで、ダム事業は中止、その後対策はなされなかった

 しかし、21世紀に入ったあたりから、(地元の洪水リスクに対する危機感とは裏腹に)公共事業、とりわけダムに対する反対世論が日本を席巻していくようになっていきます。

 そんな空気のなかで行われた選挙を通して誕生した蒲島郁夫熊本県知事(現役)は、自然環境の保護などを理由にダム反対を表明するに至ります。さらには「コンクリートから人へ」を標榜した民主党政権によって、八ッ場ダムと同時にその建設事業が2008年に中止されてしまいます。

 つまり、人吉市を中心とした球磨川沿岸域の人々の命と財産を守るために、1966年から40年以上の歳月をかけて7割がた進捗していた川辺川ダム事業が、当時の「ダムは無駄だ」という空気に押されて破棄されるに至ったのです。このときにすでに、今回のような大水害が球磨川決壊によって起こることは、誠に遺憾ながら半ば決定づけられたといえるでしょう。そもそも川辺川ダムは、08年に中止されていなければ、(1,100億円の予算で)17年には完成していたはずでした。

 一方で、放水路は8,200億円の予算と45年もの年月がかかると試算されています。遊水池に至っては、1.2兆円の予算と100年以上の歳月がかかるだろうと予期されています。つまり、放水路も遊水池も決して「現実的」な解決策ではなかったのです。従ってそんな事業を政府が決定することなどできるはずもなく、いまだ着工すらされていないのが実情です。

 つまり、ダム中止から12年間、球磨川決壊に対する「抜本的」対策は、何ら進められることなく、今日を迎えてしまった、というのが現実なのです。そもそも当初に技術者たちが検討したように、ダム以外の現実的な解決策など存在しないわけだったのですから、ダム中止となってしまった以上、こうなるのは当然の帰結だと言わねばなりません。

 だから、当時から我々技術者は皆、「この状況下でダム事業を中止するということは、球磨川沿岸域の人々に、“豪雨がきたら、大水害が起こって死亡するかもしれない状況になるが、それについてはあきらめてもらいたい”と言っているに等しいじゃないか!」と思っていたわけですが、まさにそうなってしまったのが、今回の大水害だったのです。誠に無念です。

(つづく)

【編集:大石 恭正】

(後)

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