• このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年11月05日 14:00

夢は見るものではなく、叶えるものである!(3)

(一社)日本シニア起業支援機構 代表理事 松井 武久 氏

 コロナ騒動で世界の軌道は確実に一度止まった。「自然が人類のリセットボタンを押した」と言われているが、これから起こる大不況に関しては、IMFや世界銀行が厳しい予測を発表しても、多くの国民は実感として受け止める用意ができていない。今後、私たちはどのように生きて行くべきなのだろうか。

 実務経験の豊富な産・学・官のシニアが、智慧と経験と人脈を最大限に活かすメンター(優れた助言者)として「起業の早期成功発展」を支援し、社会貢献を目指す(一社)日本シニア起業支援機構(J-SCORE)の松井武久 代表理事は、「今ほどシニア世代の活躍が求められるときはない」と語る。

柔軟な発想、自分の価値観とは違う視点からの分析が重要

 松井 J-SCOREには、他の法人にはほとんど見られない大きな特徴として、会員を「過去の名声や学歴で評価しない」ことがあります。ビジネスメンターとしては、昔の名刺の肩書や役職は意味がないため、お互いに「○○さん」と呼んでいます。

 会員はそれぞれの分野の専門家ですが、ベンチャーのように新しい分野で起業して成功するためには、柔軟な発想や自分の価値観とは違う視点からの分析、評価が重要です。また、メンターは相手の意見を批判するのではなく、まずは相手の立場を理解し、良い点は上手に褒め、改善すべき点は親切・丁寧にアドバイスすることが必要です。

技術士として経営コンサルタントを務めながら社会貢献

 ――松井氏は三菱化学MKV常勤監査役の退任後、すぐに、「起業家を支援することの必要性」を説き、活動を開始したと聞いています。それまでの経緯も踏まえ、その理由を教えてください。

(一社)日本シニア起業支援機構 
代表理事 松井 武久 氏

 松井 私は中国の青島で生まれ、3歳のときに山口県萩市に引き揚げてきました。中学3年のときに父が闘病生活に入り、厳しい経済状況で育ちました。しかし、学校の計らいで、松陰神社から奨学金を頂き、高校、大学に行くことができました。

 今でも、吉田松陰を師と仰ぎ、その教えの核心である「至誠(何のために生きているのか)」「世のため、人のため」という言葉を、人生の指針としています。

 大学を卒業後、1966年三菱化成(株)(現・三菱化学(株))に入社しました。三菱化成に入社したのは、当時日本でもっとも大きな化学会社であったことと、それ以上に社是に「仕事を通じて、社会や人に貢献する」という内容がうたわれていたことに惹かれたためです。

 入社後は主力工場であった黒崎工場でエンジニアリング部長として、機械技術関連の仕事に携わりました。その後、三菱樹脂(株)の生産技術部長・取締役を経て、三菱化学MKVの常勤監査役に就任しました。

 企業定年の60歳になったとき「これからの人生をどのように生きるか」を真剣に考えました。当時、米国のSCOREに所属し、社会貢献活動を通じて充実した人生を送っていた、年上のアメリカ在住の知人からその活動内容を聞き、一目ぼれして日本版SCOREであるJ-SCOREを設立しました。

 その後は「世のため、人のため」という吉田松陰の言葉に導かれるように、技術士として経営コンサルタントを務めるかたわら、社会貢献活動を行っています。

ERMでリスクを統合的・包括的・戦略的に管理

 松井 三菱樹脂の生産技術部長であったときに「塩ビ」バッシングがありました。塩ビとは塩化ビニルのことで、雨樋、医療器具、農業用シートなど非常に幅広い用途で使われていたプラスチックでしたが、塩ビとダイオキシン(極めて毒性の強い物質)との関係から、科学データの範囲ではそれほど悪いとの結果は得られていなかったのですが、「魔女裁判」にかけられました。

 当時の三菱樹脂は、塩ビを主力製品としていたため、経営危機に陥る可能性があり、生産技術部長であった私は塩ビに代わる商品の開発に全力投球しました。今日、三菱樹脂の主力製品となっているものの多くは、私たちの仲間が当時開発したものです。

 企業の監査役および国立研究機関の監事を務めていたとき、(公財)日本監査役協会のリスクマネジメント研究会の幹事を経験し、その時から現在に至るまで「ERM」に注力しています。

 ERMとは、組織の運営上起こり得るあらゆるリスク(環境変化)を統合的・包括的・戦略的に把握し、評価を行って最適化し、長期的かつ多面的に管理し、価値の最大化を図るリスクマネジメント手法です。リーマン・ショックの頃に、アメリカのCOSO(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission トレッドウエイ委員会支援組織委員会)から公表されたERMが有名です。

 従来のリスクマネジメント手法では、リスクの種類に応じて個別の部署がリスク管理を担当する形式が主流でした。たとえば財務に関するリスク管理は、もっぱら財務関連部署のみが関与しました。しかしERMでは、全社を挙げてリスクの把握や評価・管理を行う点が特徴です。

 ERMでは、経営者から従業員までが総合的にリスクを評価することで、リスクの性質やリスク間の関係をより正しく把握し、より最適な対処策を行うことが可能になるのです。そのため、組織の部分よりも全体最適を重視して取り組む必要があります。

 この観点からいえば、塩ビバッシングによって、塩ビのマイナス面であるダイオキシンに目を奪われ、価格と物性のバランスのとれた塩ビという優れた汎用樹脂製品を失ったことは、日本にとって非常に残念なことであったと感じています。

 塩ビ製品は、機械的安全性、耐クリープ性、耐薬品性、透明性、加工性、接着性・印刷性、難燃性、電気特性、耐久性、耐疲労性、低温時の衝撃強度など数えきれないほどの優れた長所をもっていたのです。

(つづく)

【金木 亮憲】


<INFORAMTION>
(一社)日本シニア起業支援機構(J-SCORE)

 実務経験豊富な産・学・官のシニアが、その智慧と経験と人脈を最大限に活かして、「起業の早期成功発展」をメンター(優れた助言者)として、社会に貢献することを目的に、経産省所管の(社)日本工業技術振興協会(JTTAS)を前身に、2015年に設立された組織。
 日本の人口構成の大部分を占めるシニア層が、年齢に制限なく生涯現役として活躍することで起業が容易になり、新規起業家が増え日本経済が発展すると同時に、シニア自身が生涯現役として生き甲斐をもった人生を送ることを目的としている。起業家に対してさまざまな支援活動を展開している。


<プロフィール>
松井武久
(まつい・たけひさ)
 (一社)日本シニア起業支援機構(J-SCORE)代表理事。技術士・技術経営研究センター 所長。1943年中国・青島生まれ。山口大学工学部を卒業後、66年三菱化成(株)(現 三菱化学(株))入社。機械技術関連の仕事に携わる。
 88年同黒崎工場 エンジニアリング部長、97年三菱樹脂(株)生産技術部長、98年同取締役を歴任後、2000年三菱化学MKV(株)常勤監査役に就任。03年(独)農業生物資源研究所 非常勤監事、05年(独)農業環境技術研究所 常勤監事。09年(社)日本工業技術振興協会(JTTAS)のリスクマネジメント研究会・事務局長、および未来農林事業開発研究会・会長を歴任。職業能力開発総合大学校、桐蔭横浜大学大学院の講師を務めた。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

     

トップニュース

pagetop