2024年04月18日( 木 )

コロナ騒動を機に「日本の文化度」を考察(4)

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美術評論家 岩佐 倫太郎 氏

 ドイツでは、グリュッタース文化相が「文化は平穏なときにだけ享受される贅沢品ではありません。皆さんを見捨てるようなことは決してしません」(2020年5月)と具体的な支援・補償を約束した。一方、日本では「日本の文化芸術の灯は消してはなりません」(宮田文化庁長官)という発言はあったものの、具体的な取り組みにはほとんど言及していない。「日本の文化度」について、美術評論家の岩佐倫太郎氏に話を聞いた。

地元の美術館にも名品がある

 ――コロナ禍で現在日本では、美術館や博物館などは正常に運営されていません。

岩佐 倫太郎 氏
岩佐 倫太郎 氏

 岩佐倫太郎氏(以下、岩佐) 読者の皆さまも、コロナ禍で美術館へ行くこともままならない不自由な状態が続いていることと思います。そう遠くない将来に復旧することは間違いありませんが、当面は海外の学芸員などの渡航・交流は制限されることになります。そのため、新聞社などが主催するブロックバスター的で国際的な広がりをもった、広告費もふんだんに使った企画展の開催は難しい状況にあります。

 しかし、逆にこの時期だからこそお勧めしたいのは、皆さまの地元の美術館が開催する常設展です。日本画など思わぬ名品がそろっていることもあり、我が国の美術を再発見する良い機会になります。ぜひ、行きつけの美術館をつくっていただきたいと思います。飲み屋やレストランのように、「行きつけ」をつくって何度も訪れることで、自分のなかに目のスタンダードを養っていただくことが大切と考えています。

 たとえば、浮世絵を楽しむ場合、東京方面では「すみだ北斎美術館」(墨田区)、「太田記念美術館」(渋谷区)、箱根では春画専用の部屋もある「岡田美術館」などが挙げられます。関西方面では、大阪府「久保惣美術館」、山口県立「萩美術館・浦上記念館」などが挙げられます。これ以外でも、浮世絵を見ることができる美術館が全国にたくさんあります。近代の日本画を楽しむのであれば、鎌倉の「鏑木清方美術館」(3月13日リニューアルオープン)があります。私が企画展で個人的に期待しているのは、7月からの「京都市京セラ美術館」で開催される上村松園の回顧展です。

 西洋画が好きな方は、徳島県鳴門市にある陶板複製画の美術館「大塚国際美術館(※1)」に出かけてみてください。約1,000点に上る世界中の名画中の名画が鑑賞でき、ワンストップで世界の美術館めぐりが体験できます。バチカンのシスティナ礼拝堂の空間を実寸で体験できるのもすばらしいです。複製だからといって馬鹿にしてはいけません。

画家の工夫や情熱の痕跡を再発見

 ――コロナ以前では考えられなかったオンライン美術館も定着してきました。

 岩佐 「本物を間近で鑑賞しなければならない。あくまでもオンラインは次善の措置である」という本物主義には一理あります。しかし、私はオンライン美術館を歓迎しています。カラヤンのコンサートに行ったことがなくても、CDでそのすばらしさが十分に味わえるのと一緒です。また、講義のときに感じることですが、デジタル画像を拡大し、克明に絵画を見ることで、美術館で本物を前にしても気づかなかった画家の工夫や情熱の痕跡などを再発見できて、美術の味わいを深めることもあるのです。

 先ほどの大塚国際美術館もそうですが、私は複製美術も歓迎しています。「本物を知らずして、複製画像ばかりを見るのはいかがなものか」といった議論もたしかにあります。しかし、現在はICT技術などの発達によって、複製も当たり前の時代に入っています。本物が100点で、複製が0点という時代ではないのです。

 本物かどうかが問題になるのは極端な言い方をすると、「それを所有するかどうか、その場合の資産価値はどの程度なのか」という観点からだけです。

 私たちの多くは美術の先生や画商になるわけではありません。では、何のために絵画を鑑賞するのでしょうか。それは、一言でいえば、日ごろ数字・記号や知識など、ロジックでがんじがらめになっている「論理的思考」から、自分を解放することにあります。すなわち、絵画を通して、図形のパターン認識や空間的な認知を受け持つ「感性・芸術思考」を呼び戻すことにあるのです。感性・芸術思考などというと難しいですが、論理ではない直感思考を解放してあげることが、我々の生きるうえでの自由や豊かさにつながっているのです。

 日ごろのビジネスではあまり使わない領域かもしれませんが、この潜在能力を解放すれば、我々は自分を取り戻して健康になり、ビジネスにさえ好影響が生まれると信じています。最近のイギリスで行われた調査でも、年に5~6回美術館やギャラリーに出かける人は、そうでない人と比べて若年死にする可能性が31パーセントも低くなるそうです。絵を見て長生きしましょう(笑)

絵画の鑑賞をタイトルから入るのは日本だけ

 ――なんだか美術館に行きたくなりますね。

 岩佐 1つおもしろい話をしますと、美術館に行って絵画を鑑賞する際、タイトルから先に見るのは、おそらく世界で日本人だけだと思います。タイトルにとらわれた鑑賞の仕方だと、論理的思考から自分を開放することは難しいですね。そこで、私の講義では、絵画を見てもらってから、受講生の皆さんに自由にタイトルをつけていただくようなワークショップを行うことがあります。

 直感を重んじて、目を使って自由に発想することは、感性豊かな子どもにとってはもっとも重要です。日本の美術教育は、欧米先進国と比べると片方しか行われていません。絵画を鑑賞するとき、「誰が描いたか」「由来はどこにあるのか」「どういうモチベーションで描いたのか」や、美術史などについてはきっちりと勉強します。しかし、先生に引率されて美術館に行き、名画の前に座り込んで、「あなたには何が見えますか」「あなたは何を感じますか」「あなたは今何を考えていますか」など、感性に従って先生や友人と自由にものをいい合うという、もう片方の教育が行われていません。子どもの発想や意見を潰さないように決して否定せず、考えさせてあげることが必要なのです。

 私が企画・設計に携わった大阪にある子ども博物館「キッズプラザ大阪(※2)」でも、展示物と解説のバランスにもっとも神経を使いました。本物が目の前にあるのに、なぜ映像や文字による解説が必要なのでしょうか。解説があると、解説のなかでしかものを考えなくなるでしょう。しかし、本物は解説より、もっともっと多義的なものであるはずです。

 そこで、当初戸惑いはありましたが、できるだけ解説をつけない方針を心がけました。それが正しい方向であり、子どもたちにも楽しんでもらっていると今も信じています。まして絵画などは解説を読まずに、裸の目で見ることが一番です。そうすると、向こうから訴えかけ、思考を促すものが必ずあります。

 美術館に行く人に私は、「絵葉書」の購入もお勧めしています。気に入った絵葉書を2枚買って帰り、そのうちの1枚を冷蔵庫にマグネットで張り付けておくのです。缶ビールを取り出すとき、料理の食材を取り出すときなどに必ず目に入ります。数字などは1回でも覚えることができますが、画像は何回も何回も頭に刷り込むのが良いのです。そうすることによって、記憶が蓄積され、自分にとっての「美のモノサシ」ができてきます。

※1:徳島県鳴門市にある陶板複製画の美術館。世界26カ国、190余りの美術館が所蔵する現代絵画から、至宝の西洋絵画1,000余点がオリジナル作品と同じ大きさで複製されている。日本に居ながら世界の美術館めぐりが体験できる。 ^

※2:米国の旅行サイト「トリップアドバイザー」で常に上位に入る大阪の人気スポット。美術館・博物館の人気ランキングでも上位に入る。岩佐倫太郎氏は開館に向けて、発想・企画・設計・展示・運営まで幅広く携わった。 ^

(つづく)

【文・構成:金木 亮憲】


<プロフィール>
岩佐倫太郎氏
(いわさ・りんたろう) 
美術評論家。大阪府出身。京都大学文学部(フランス文学専攻)卒。大手広告代理店で美術館・博物館・博覧会などの企画とプロデューサーを歴任。ジャパンエキスポ大賞優秀賞など受賞歴多数。ヨットマンとして『KAZI』(舵社)などの雑誌に寄稿・執筆、作詞家として加山雄三氏に「地球をセーリング」を提供。大学やカルチャー・センターで年間50回を超える美術をテーマとした講演をこなす。近著に『東京の名画散歩~印象派と琳派がわかれば絵画が分かる』(舵社)。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」は全国に多くのファンをもつ。

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