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2021年09月15日 15:44

利他…、「情けは人の為ならず」というけれど…(前)

 人の為に何かをすることを「利他」という。利他は利己(主義)とは対義語になる。「情けは人の為ならず」とは、「情けをかけるということは、人の為だけではない。かけた情けは結局自分に戻ってくる」という意味なのだが、「いくら他人に情けをかけてもその人のためにならない」場合があることを第103回で紹介した。障害を持つ人に対し、相手が望んでもいない対応をすることは、ほんとうの「利他」とはいわない。

若い世代に広まる「寄付」の意識

 前回、盲目の青年をバス停まで案内したものの、どうやら過剰な案内をしてしまい、ひんしゅくを買ってしまった話をした。利他を実行に移すとき、受ける側の尊厳をも無視しては感謝されないのは当然だろう。「感謝される」ことを期待しての利他はたしかに利他とはいわない。

サロン幸福亭ぐるり 「施す」に「寄付」も含まれる。『利他とは何か』(集英社新書)のなかで伊藤亜沙氏は、「実際に、人々のあいだでも利他的な意識や行動が広まっているようです。なかでも顕著なのは、若い世代の動きです。調査によれば、コロナ対策として国内の住民に一律配布された10万円の特別定額給付金の使い道に関して、少なくとも、一部を寄付金にあてたいと答えた人の割合は、20代が37%ともっとも多くなっています。さらに、定額給付金以外にすでにコロナ関連で寄付を行ったという人は、20代で18.7%、40代で10%、60代で8.1%と、若い世代の方が年長世代に比べて倍以上の高い割合になっています」(「10万円特別定額給付金に関する調査」コロナ給付金寄付プロジェクト、2020年6月調べ)という。予想外の結果となった。

 運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下、「ぐるり」)の利用者は大半が後期高齢者だ。彼らの間から慈善事業の団体に寄付したという話は耳にしたことがない。このコロナ禍で運営費に危機感を持つ亭主の筆者が寄付を募ると、一部の人はしぶしぶながら寄付に応じてくれる。もっとも、非常に関心の高いカラオケ再開の強い願いが込められているのは見え見えなのだが・・・。どこにも行くあてのない住民に対し、居場所を提供するという「ぐるり」のコンセプトは、「利他である」といえるだろう。当然のこととして亭主である筆者は、利用者に入亭料1人100円以外見返りを求めたことはない。

アフガニスタンに灌漑用水をつくった中村哲氏の究極の利他

サロン幸福亭ぐるり 人類学者で禅僧のジョアン・ハリファックス氏は、「利他とは、魚を与えることではなく、釣り方を教えることだ」と伊藤氏の本のなかで紹介している。確かに、食べ物や金銭を与えるという行為は利他といえるが、食べ物はやがてなくなり、金銭の授与は長続きはしない。「それでは利他にはならずに、悪しき依存を生み出す」(同)だけになるだろう。魚の釣り方を教えた究極の人物がいた。ペシャワール会現地代表で医師の中村哲氏(19年12月4日にアフガニスタンで銃撃により死去、享年73)である。

 中村氏は1984年、パキスタンの首都ペシャワールに赴き、医療支援をスタートさせる。医療支援は国境を越え、アフガニスタンへと足を伸ばす。同時に砂漠化していくアフガニスタンの東部の大地にクナールの大河から水を引き、田畑にすると公言。自ら重機を動かして堰(せき)や堤をつくる作業に取りかかる姿をテレビなどで見た人は多いだろう。「これまでに開通した用水路は約27キロ。福岡市の面積のほぼ半分に当たる1万6500ヘクタールを潤し、農民65万人の暮らしを支える」(「朝日新聞」2020年1月18日 夕刊)。「俺は行動しか信じない」が中村氏のモットーである。

 中村氏に灌漑用水をつくらせた心情的な背景はとは何か。「中学時代に洗礼を受けたキリスト教、幼いころに素読して学んだ論語、伯父の作家火野葦平と、その小説『花と龍』に描かれ、血気盛んな沖仲仕たちを率いた玉井金五郞・マンから受け継いだ義侠心を重ねる見方もある」(同)。この記事を書いた朝日新聞社の記者佐々木亮氏は、同記事のなかで、「ある講演会で若者たちに向けた言葉が私は忘れられない。中村さんはてらいもなく語った。『もし道に倒れている人がいたら手を差し伸べる。それは普通のことです』。誰にもできないことが誰にもできることでもある。そんな含意(がんい)が感じられた」と語る。中村氏が行った仕事はまさに「魚を与えることではなく、釣り方を教えること」そのものである。恐らく中村氏の胸中には、「自分は施しを与えた」という意識は皆無だろう。与えることで何かを期待しない。究極の利他がここにある。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

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