2024年03月29日( 金 )

利他、エンパシー、ブレイディみかこ、「ぐるり」…(後)

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 地域住民の居場所であり、延べ3万人の来亭者がある「サロン幸福亭ぐるり」。生活弱者などの‘影の住民’への支援を行う「サロン幸福亭ぐるり」が求める利他の本質とは何か。2回にわたり検証したい。

「利他行為」の本質

食事 伊藤亜沙さんは、「利他的な行動には、本質的に『これをしてあげたら相手にとって利になるだろう』という、『私の思い』が含まれています」といい、それは「私の思い」でしかないこと。「やってみて、相手が実際にどう思うかわからない。わからないけど、それでもやってみる。この不確実性を意識していない利他は、押しつけであり、ひどい場合には暴力になります」「『自分がこれをしてあげるんだから相手は喜ぶはずだ』という押しつけが始まるとき、人は利他を自己犠牲ととらえており、その見返りを相手に求めていることになります」と指摘する。

 友人の息子の恋人が彼氏にネクタイをプレゼントしたときの話。受け取った彼は困った顔をしたという。すると、「貴方に似合うと思って買ってきたのに、なによその顔」と彼女がぶち切れた。嗜好品というものは文字通り本人の嗜好感覚が優先する。嫌ものは嫌なのだ。愛情の押し売りは利他にならないどころか反感さえ生む。前述の障がい者のように、「そこまでしてほしくないのに…」と内心思うのであるが、受ける側として利他的な行為に対して拒否的な態度はとりにくい。無理して感謝の気持ちを述べることになる。これでは本来の利他ではない。利他的行為は、「相手(受ける側)のため」ではなく、「自分のため(自己満足)」にもなる場合も少なくない。

他人に施しをするだけが利他ではない

ぐるりのこと 家族間での利他的行為のなかにDVが含まれることがある。ある晩、常連のSさんがわが家の玄関扉を激しく叩いた。何ごとかと聞くと、「娘に殺される」という。開けると目の縁を紫色にしたSさんが立っていた。娘に殴られたという。早速地域包括センターに連絡するも埒が明かない。そこで社協のCSW(コミュニティ・ソーシャル・ワーカー)に連絡。深夜にもかかわらず的確な指示をいただいた。翌日一番でSさんを市内にあるシェルターに一時避難させる。ところがその日の夕方には、密かにそこを抜け出し娘のところに戻ったのだ。

 娘と母親(Sさん)は「共依存」の関係にあった。共依存とは、「長期にわたる報いのない抑圧的な状況を経験することで、自信や個人としての意識を失ってしまうこと」(スーパー大辞典)である。娘が母親を殴るようになったのも母親の責任。娘を更正させるには自分が犠牲になってもいいという考え方だ。筆者はSさんのために利他的行為を起こした。しかし、Sさんは娘のために家に戻った。2つのちぐはぐな「利他」をどう理解すればいいのだろう。「共依存は病気だから」とCSWに一蹴。「情けは人の為ならず」を思い出した。「情けをかけるということは、人の為だけではない。かけた情けは結局自分にも戻ってくる」と。でも、戻らない情けもあるのだ。

 「エンパシー(empathy)」という英語がある。エンパシーに似た言葉に「シンパシー(sympathy)」がある。辞書では両方とも「同情、共感、共鳴」の意味がある。両者の違いをブレイディみかこは『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のなかで、「シンパシーの方はかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見をもっている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分で努力しなくとも自然に出てくる。しかし、エンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態。エンパシーは知的作業ともいえるかもしれない」と解析する。エンパシーは利他を受ける相手の立場(心理状態や思考性など)を考えて行動することを求められる。他人に施しをするだけが利他ではない。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第103回・前)
(第104回・前)

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