2024年05月09日( 木 )

【賢人からの提案(1)】スペインがどんな国か知っていますか?(2)

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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

スペイン イメージ    スペインの近代化の遅れを説明するもう1つの事実がある。1492年といえばコロンブスがアメリカ大陸を発見した年だが、同じ年にイスラム勢力を撃破して統一国家を建設したスペインはユダヤ人を追放した。国外に追われたユダヤ人のなかには大富豪も多く、優秀な学者もいたわけだから、彼らを追放したことは後の時代から見れば大損失であった。スペインを追われたユダヤ人の移住先が主にオランダであったことを見れば、そのことがわかる。オランダは17世紀に世界最強の国の1つとなった。

 「半島戦争」の勝利もスペイン近代化を遅らせた。19世紀初頭、ヨーロッパをフランス革命の精神で統一しようとしたナポレオンが、スペインに攻め込んで勝てなかった戦争だ。

 ナポレオンに負けなかったことはスペイン人の誇りになっているが、これはヨーロッパ的価値観にアラブ的価値観が勝ったことを意味する。スペインにはいまだに反ヨーロッパ思想も根強く、日本なら勤王派に相当する人もいるのだ。もしナポレオンが勝っていれば、啓蒙精神が流れ込んで近代化が促進されたに違いない。

 このような事情で近代化が遅れたスペインだが、これを「後進性」の一言で片付けるべきではないだろう。人は経済力と科学技術を基準に文明の発達度を計測しがちだが、はたしてそれで十分なのか。

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 たとえば、スペインはヨーロッパ諸国のなかでも失業率の高い国である。20代後半になってもまともな職にありつけないという大卒者がかなり多い。しかも、バイトのシステムも発達していない。では、彼らはどうしているのかといえば、大抵は親のスネをかじり、親と同居している。ほかのヨーロッパの国やアメリカではあり得ないことだ。ここにスペインのアラブ的性格の残滓が見える。

 つまり、家族の絆が強く、良くも悪くも家族中心主義なのだ。それがこの国の社会を支えているのである。その延長で人付き合いをするため、人間関係も濃厚にならざるを得ない。そうした国の文化は産業発展には向かないが、個々の人間の幸福度を考えた場合にはかなりの実現度があると言わざるを得ない。ニートや引きこもりが増加している日本社会と比べてみよ。産業化社会が人を機械にしてきた歴史と見比べてみよ。そう言いたくもなるだろう。

 スペインはヨーロッパ諸国のなかで最もコロナワクチンの接種が浸透している国の1つだ。個人個人が勝手な言動をし、地方は地方で独立を主張したりするほど国がまとまらないにもかかわらず、なぜか予防接種には極めて積極的なのである。

 この事情について、スペイン在住20年という日本人に聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

 「スペイン人は外に出て人と会い、コーヒーを飲んだりビールを飲んだりしないとやっていけない民族です。そういう彼らが最も恐れているのはロックダウン。ですので、ワクチンをできるだけ接種して安心して外出したいというわけです」。

 この国ではすでに3回目のワクチン接種が進んでいる。なるほどそういうことか、と納得がいった。

(つづく)


<プロフィール>
大嶋 仁
(おおしま・ひとし)
 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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