2022年01月25日( 火 )
by データ・マックス

臓器移植の新たな歴史:世界初となる人への豚の心臓移植手術が成功

 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
 今回は、2022年1月14日付の記事を紹介する。

 1938年1月11日、我が国では厚労省(旧厚生省)が発足しました。新型コロナウィルス対応に追われ、このところ厚労省は残業続きで「ブラック官庁」と呼ばれています。欧米のワクチン頼みの感は否めませんが、日本発の感染症ワクチンの開発が待たれるところです。

 厚労省では「健康医療ビジョン2035」を打ち出し、官民挙げての創薬や医療機器の開発を目指しています。医療分野は正に成長産業なのですが、日本は薬も医療器具も輸入に頼る比率が高く、貿易収支で見れば大幅な赤字を積み重ねているのです。

 ファイザーやモデルナのワクチン1つを取っても、アメリカ国内より3割ほど高い値段で日本は買わされています。そんな折、アメリカからビッグ・ニュースが飛び込んできました。

手術 イメージ    重い心臓病の末期症状に苦しむ患者に豚の心臓を移植することに成功したというのです。これまでも豚の心臓弁膜移植は頻繁に行われていましたが、心臓そのものを完全に人に移植する手術は初めてのこと。

 アメリカでも臓器移植を待つ人は11万人を超えていますが、間に合わないケースが後を絶たず、亡くなる患者は年間6,000人に達しています。言い換えれば毎日、17人が臓器移植を希望しながら命を失っているわけです。日本では移植待ちの人は1.4万人ほどですが、実際に移植されるのは400人に過ぎません。アメリカでも日本でも人同士の臓器移植は思うように進んでいないのが現状です。

 今回、拒絶反応を抑える遺伝子組み換え措置を施した豚の心臓移植手術に取り組んだのはメリーランド大学医療センターでした。拒絶反応を引き起こす特定の糖分を生み出す遺伝子を取り除いたうえでの移植でした。アメリカのバイオテック企業も新薬を提供し、拒絶反応を押さえるために協力しました。

 いずれにせよ、世界が注目するなか、57歳の男性患者デビッド・ベネット氏は1月7日に手術を終え、幸いなことに術後5日の時点では経過順調のようです。もちろん、動物の心臓を人に移植するという世界初の手術のため、どのくらい生存できるかは「まったく未知の世界」とのこと。本人もその家族も、そうしたリスクを理解したうえで、豚の心臓を受け入れる決断をしたわけです。

 本人曰く「自分は生きたい。そのためにはほかに選択肢はない。暗闇に飛び込むことになるが、この残された最後の選択肢に命を懸ける」。これまで生命維持装置のお世話になり、ベッドに括り付けになっていたベネット氏です。「手術が成功し、ベッドから起き上がれることを夢に見ている」。執刀医と喜ぶ姿が印象的でした。

 アメリカのFDA(食品医薬品局)が今回の手術に対して緊急承認を与えたのは大晦日のことでした。人の臓器移植が間に合わない事態になっていたため、最後の望みの綱というわけです。臓器提供者と移植希望者の受給ギャップが縮まらない現状では、このような動物からの臓器移植が「希望の星」となるに違いありません。

 今回の手術が成功事例となれば、人間の寿命は飛躍的に伸びる可能性が出てきます。要は、人類の生命維持に新たな第一歩が踏み出されたと言っても過言ではないでしょう。というのも、豚は人間との相性がとても良いと言われているからです。豚の心臓の弁膜が人に移植されるのはごく普通の事例に過ぎません。また、火傷の場合にも豚から採取した皮膚を人に移植するケースは頻繁に行われるようになってきました。さらには、豚の腎臓を脳死状態の人へ移植する手術も昨年ニューヨークで行われたばかりです。

 そうした目的のためにも、豚は大きさ、成長の早さ、生まれる子豚の数の多さ、といった観点からも「理想の助っ人」といえそうです。第一、人は豚肉をよく食べているわけで、その意味でも親和性が高い存在といえるかも知れません。

 実は、豚以外にも人間はさまざまな動物との結合に関心を寄せてきました。その歴史は17世紀にまで遡ることができるほどです。とくに霊長類を使っての実験は繰り返し行われてきています。有名な事例は1984年に行われた、ヒヒの心臓を生まれたての女児に移植したケースが記憶に新しいもの。

 アメリカでもロシア、中国でも人とチンパンジーの結合実験は繰り返し行われてきているようです。「ヒューマンジー」と命名されています。また、2021年にはアメリカと中国の研究者は協力して人とサルの遺伝子を交配させ、複数の胎児を誕生させることに成功しました。

 医学専門誌「セル」に詳細が掲載されていますが、「チメラ」と呼ばれる存在です。一番長くても19日しか生存しませんでしたが、そうした実験の目的は「新たな生命体を生み出すことではなく、人への臓器移植に道筋をつけること」に置かれています。はたして、どこまで人はほかの動物の臓器を受けいれることで生き延びることを目指すのでしょうか?

 次号「第280回」もどうぞお楽しみに!


著者:浜田和幸
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