2024年05月12日( 日 )

【経営教訓小説・邪心の世界(4)】現世の地獄(後)

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<主要登場人物>
甲斐(創業者)
戸高(2代目社長)
日向睦美(創業者の娘)
日向崇(睦美の夫)
<作>
青木 義彦

※なお、これはフィクションである。

入院 イメージ    酒に弱くなり、食欲もなくなる。「これは妻と同様の最悪のパターンだな」と直感した。検診の結果、肝臓が侵されていた。肝硬変と、胃の一部にがんが見つかった。医者の見立ては「急に亡くなる最悪な事態にはならない」というものであった。確かに医者の診断通り、その後の7年間、甲斐は延命できた。

 しかし、妻の成仏を目の当たりにし、孤独を味わった。また、体調が悪化し、思うように自分の身の回りのことをするにも不自由さを感じるようになった。残りの寿命が見え出したときに、美代という女と同棲を始めた。この女は、中洲通いで知り合った摘まみ食いの相手であった。同棲することを娘の睦美は黙認していた。

 ところが、甲斐が「美代を籍に入れる(結婚する)」と言い出したときには、さすがにおとなしい睦美も怒った。「お父さんは女に騙されているわ。私は絶対に反対する」と甲斐を激しく罵倒した。恐ろしいまでの糾弾であったが、甲斐は美代と籍を入れることを強行した。

 籍を入れた時、美代は58歳であった。彼女も強かに計算していた。「60歳になれば男も振り向いてくれないだろう。これが最後のチャンス」と。「住居の確保をしてください。老後に1人になったときに家賃の負担は大変。取りあえずマンションがほしい」と泣きついた。

 美代の必死のおねだりに、甲斐も断ることができなかった。逃げられるのが怖かったからである。購入したマンションで一緒に暮らすようになった。名義はもちろん美代であった。甲斐の3度目の結婚生活は7年におよんだ。美代は中洲から足を洗い、主婦に専念した。

 「じゃ、介護の世話はしたのか?」と聞くと、甲斐の娘である睦美は憎き敵に対するような口ぶりで語る。

 「確かに1年くらいは、一見しおらしく看護をするふりをしていましたね。でも、そこまでが限界。父の様態が悪化するにつれて馬脚を現しましたわ。病院への見舞の回数がめっきり減ったようです。病院の看護師さんたちも、奥さんをあまり見かけませんと証言していたことをよく耳にしました」。

 どうも甲斐は、最後の最後まで判断ミスを積み重ねていたようである。甲斐の葬儀から2週間ほどが過ぎると、美代との連絡が途切れたのだ。そうしたなか、突然、美代から電話があり、「仏壇は娘のあなたが面倒見てください」と通告されたという。これには温厚な睦美も怒りが頂点に達した。

 「私の計算では父の保険金が3,000万円入っているはず。あなたが占有する権利はない。どうするのか」と電話口で叱責した。美代は何も語らずに電話を切った。3日後に預金通帳と銀行印が入った封書が届いた。残金が200万円あった。睦美が遺産相続したのは、この現金のみであった(もちろん会社の株券は引き取ったが…)。

 甲斐という故人を批判するつもりはないが、人生の最後でこのような愚かな始末を迎えた男が経営者であるとは、呆れたものである。

(つづく)

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