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2016年09月20日 10:34

ベネッセHDの外部人材起用はなぜうまくいかないのか(前)

 (株)ベネッセホールディングス(HD)の迷走が止まらない。わずか3カ月で、またもや社長交代だ。10月1日付で、米投資ファンド、カーライル日本法人会長を務める安達保氏が社長に就任する。今年6月に“プロ経営者”の原田泳幸氏に代わって、社長に就任したばかりの福原賢一氏は代表権のある副会長に退く。ベネッセの創業家出身の福武總一郎最高顧問は、外部人材を経営トップに起用してきたが、うまくいかなかった。その原因はどこにあるのか?

投資ファンドの会長をトップに招く

 オーナーの福武總一郎氏が、“プロ経営者”原田泳幸氏の次にベネッセの経営を托した安達保氏は、これまた“プロ経営者”として華麗な経歴の持ち主だ。

pen 1953年10月12日生まれ。東京大学工学部機械工学科卒。77年、三菱商事(株)に入社、10年間勤務した。83年にマサチューセッツ工科大学でMBA(経営学修士)を取得。帰国後は情報産業本部に籍を置き、84年から87年の3年間は第二電電(株)(現・KDDI(株))に出向。第二電電の立ち上げと長距離電話サービスの開始を担当した。
 88年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに転職。当時、マッキンゼーには著名な経営コンサルタントとなる大前研一氏や平野正雄氏らが在職していた。95年、パートナー(共同出資者)に就任。製造業、ハイテク企業の製品市場戦略、企業ビジョンの策定に携わった。

 97年、GEキャピタル・ジャパンの事業開発本部長に移籍。経営が破綻した東邦生命保険や(株)日本リースの買収を担当した後、2000年に日本リースの自動車リース部門の(株)日本リースオート(現・GEフリートサービス(株))の社長に就いた。
 03年に米国の大手ファンドのカーライル・グループに参画、日本代表に就任。同社の日本における事業拡大を主導。16年に日本法人の会長に就いた。

 創業家の福武總一郎氏と安達保氏の関係は深い。安達氏は03~08年、09~15年、そして16年6月から現在に至るまで、延べ11年間にわたってベネッセHDの社外取締役を務める。今年7月からは経営戦略委員会の委員長も兼任している。

 いかにも福武氏好みの“プロ経営者”のキャリアだ。

失敗が続いた外部人材登用

 オーナーである福武總一郎氏の外部人材登用は、失敗が続く。

 03年にソニー(株)専務だった森本昌義氏を社長に招いた。25年間、米国・ブラジルに駐在。経営危機に陥っていたブラジルの現地法人を社長として経営に軌道に乗せた。帰国後はオーディオ機器メーカーのアイワ(株)社長となり、大リストラに辣腕を振るった。
 森本氏の転身は、創業家の福武一族以外から初めての社長で、それも異業種から。異例尽くしのトップ人事ということでメディアを賑わした。しかし、社内不倫を週刊誌に報じられ、07年に辞任した。

 続いて福武氏は14年に、日本マクドナルドホールディングス(HD)(株)の原田泳幸氏を社長に招いた。“プロ経営者”の代名詞である原田氏は、一気にデジタル化を進めたが、主力の「進研ゼミ」の会員減が止まらなかった。今年6月、在任2年で社長の座を追われた。

 原田氏を解任した福武氏が、次に経営を委せるべく白羽の矢を立てたのが、安達氏である。それにしても、なぜ外部人材登用がうまくいかなかったのか――。

(つづく)

 
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