2022年08月20日( 土 )
by データ・マックス

安倍外交と日本~国際政治学者の視点

国際政治学者 和田 大樹

日本 外交 イメージ    7月8日、安倍晋三元首相が奈良県での応援演説で41歳の男に突然背後から撃たれ、帰らぬ人となった。この事件は世界に衝撃を与え、バイデン米大統領やマクロン仏大統領など欧米諸国のリーダーたちだけでなく、日本との関係が冷え込む中国やロシアも時間を置くことなく哀悼の意を表明した。習国家主席は日中関係改善の努力を進め有益な貢献をしたと安倍元首相の功績を称え、プーチン大統領も日露関係の発展に貢献した偉大な政治家の命が奪われたと安倍元首相の死を惜しんだ。

 安倍氏とは、外交・安全保障的にどのような人物だったのか。筆者なりの一言でいえば、流動的に動く世界情勢、日本にとって厳しくなる安全保障環境のなか、日本の国益を第一に考え、戦略的に巧みに活躍した指導者だったと表現できよう。

 とくに典型例となったのがドナルド・トランプ氏との付き合い方だ。2016年秋の米国大統領選の結果、ヒラリー・クリントン氏を破ってトランプ氏が勝利した際、日本のなかでは、過激な発言を繰り返すトランプとどう付き合っていけばいいのか、アメリカファーストを強烈に掲げる大統領は同盟国日本を軽視するのではないか、など多くの心配の声が聞かれた。筆者の周辺のアメリカ研究者の間でも、トランプが勝利するなんてことはほとんどの研究者は予期していなかった。

 しかし、ここで戦略的に巧みに動いたのが安倍氏だった。1つ確認しておきたいことがある。2016年秋当時の世界情勢、日本にとっての安全保障環境にとって戦略的に重要なことは、“軍事的台頭を示す中国、核ミサイル開発を続ける北朝鮮に対して、強い日米同盟を示す、日英同盟をいっそう強化する”ことだった。そう考えると、過激な発言を続けるトランプ大統領との間でも日本は戦略的に良好な日米関係を維持・強化する必要があった。正に、安倍晋三氏はそこを第一に重視し、トランプ氏の性格や考え、国家ビジョンなどでに違和感があったとしても(安倍晋三氏は決してトランプ氏の移民・難民政策などに賛成していたわけではない)、日本の国益を第一に考え、“米国大統領”としてのトランプ氏と良好な関係を築くことを戦略的に重視した。

 また、トランプ氏が選挙に勝利して、真っ先にトランプ氏に会いにいったのが安倍晋三氏だった。選挙直後の2016年11月17日、安倍氏はニューヨークに赴き、トランプ氏と会談し、その際、ゴルフが趣味のトランプ氏に高級なゴルフクラブ(ドライバー)をプレゼントした。それが良好な安倍トランプ関係の始まりだった。トランプ氏はオバマ氏やバイデン氏と比べても、性格が単純ともいわれるようだが、安倍氏は当初からトランプ氏の性格を理解していたかのように巧みに動き、良好な日米関係の維持・強化に努めた。

 そして、過激なトランプ大統領が誕生してから、米国と欧州の関係はこれまでになく冷え込み、G7やG20など外交舞台においてトランプ氏に仲の良い友達はいなかったと思う。しかし、そのなかでトランプ氏の唯一の親友となったのが安倍晋三氏だった。トランプ氏にとっても、外交の舞台で安倍氏の存在は極めて大きかったと思われる。安倍氏は日本の国益を戦略的に考え、そのために巧みに動いた。この安倍氏による戦略的な巧みな活躍は、今なお日本の国益に大きく貢献しているといえよう。

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 安倍-トランプ関係のなかで、安倍氏による成果は以下のように説明できる。1つは、日本の政治家や官僚、研究者らが抱いてきた懸念を見事に払拭したことだ。冒頭でも述べたように、トランプ氏が勝利した際、日本では日米関係軽視、日米同盟の漂流を懸念する声が強かったが、安倍晋三氏はトランプ氏と良好な関係を築くことでそれを政治的に払拭した。もう1つは、アメリカファーストのトランプ氏を見事にアジアに関与させることに成功した。トランプ氏に“安倍の日本”を印象づけることで、トランプ氏は当初から日米重視の姿勢を示し、2017年には一時期北朝鮮との間で緊張が走ったものの、北朝鮮の指導者と3回も会談するなど、アジアへの関与を強く内外に示した。日本の安全保障上も米国の積極的なアジアへの関与は必要であるため、ここにも安倍氏の成果を挙げることができよう。


<プロフィール>
和田 大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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