2024年04月19日( 金 )

熊本TSMC進出の波紋とその衝撃(後)

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(株)アクロテリオン
代表取締役 下川 弘

熊本県内各自治体が横断的プロジェクトチームを設置

 TSMCの新工場進出が決まってからは、熊本県内の各自治体ではまさにTSMC対応の話や半導体感染企業の進出の話でもちきりだそうで、その対応はこれまでと大きく異なっている。これまで自動車産業やベンチャー企業の誘致、そして大きなスポーツイベントの誘致などが計画されたときには、当該エリアに関係なければ無関心な自治体が多かったのだが、今回のTSMC進出に関しては、この「一大国家プロジェクト」に関わらなければ自分たちの自治体は置いてきぼりにされてしまうと考えているのか、各自治体とも異様な盛り上がり方を示しているのである。

 熊本県では昨年11月、庁内に「半導体産業集積強化推進本部」を立ち上げ、全庁横断的なプロジェクトチームをつくって対応をはじめ、併せて「半導体立地支援室」「半導体産学連携プロジェクト班」も立ち上げている。また熊本市では、大西市長を本部長とする「半導体関連産業集積推進本部」を、菊陽町は後藤町長を本部長とする全庁的な組織を、益城町も「益城町半導体関連等企業誘致推進本部」を、少し北に離れた玉名市でも、同様に「玉名市企業立地推進プロジェクトチーム」を立ち上げている。それぞれ、工業団地の造成および関連企業の誘致で、その経済効果や人口増加などにつながる可能性があるとして取り組みを進めているという。「シリコンアイランド熊本」も夢ではなさそうだ。

シリコンアイランド九州 出典:熊本県ホームページより
出典:熊本県ホームページより

TSMC誘致関連の課題

 TSMC進出に関しての熊本県内自治体の期待度が高い反面、半導体関連企業進出や他分野企業の進出など、急速な建設ラッシュと操業が始まると、それによる課題も目立ってくる。以下にその課題を挙げてみたい。

(1)継続的な採用

 TSMCだけでなく、操業開始に向けた短期間での人材獲得と稼働後の継続的な人材確保の問題がある。技術系とくに電気電子分野の新卒者がどれだけ採用できるのか未知数である。

(2)交通インフラの整備

 今でも近隣の多数の工業団地へのマイカーによる通勤時間帯の交通渋滞が生じており、TSMC創業時までに交通計画、道路整備などの対策が必要である。

(3)住宅の確保

 台湾からの出向者300人およびその家族、そして国内からの移住者の住宅確保が必要となる。しかし、近隣の住宅は日本家屋ばかりであるので、不動産会社によるマンション建設を行う必要が出てくる。

(4)宿泊施設・食事処の確保

 現在の工事現場でもそうであるが、TSMCに関わる人々の宿泊施設、食事処などの整備が必要である。

(5)教育施設の整備

 台湾から赴任する社員の家族向けの教育機関(インターナショナル・スクール)だけではなく、継続的な人材供給を行うには全国からの募集が不可欠であるが、地元人材も採用できるようにするには、電気・電子系の工業高校や大学が必要になると思われる。

(6)輸送施設の整備

 国内外からの資材調達のための物流施設の確保が必要と思われる。

(7)環境問題への取り組み

 SDGSが叫ばれている昨今、持続可能な社会をつくり上げていくためには、環境問題、リサイクルシステムの導入、取水・排水時の非汚染回収システムの導入など、環境に十分配慮した工場の環境設計への取り組みが必要である。

福岡と熊本 どちらが都市の将来像を描けているか。

 8月24日に大東建託が「いい部屋ネット居住満足度調査」を行い、その結果は「住みたい自治体ランキング」で福岡市が3年連続1位になっている。福岡市内に住んでいる筆者としても、とても誇らしく感じるところである。

 福岡の中心地では「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」などによる都心部のビル建替えが進んでおり、今年4月には博多区那珂に「ららぽーと」もオープンした。日々福岡も変わっており、次世代に向けた都市の変化が起こっているようにも思える。

 しかし、政策的にはどちらかというと場当たり的な開発であり、福岡市の将来的都市像が見えてこない。国際会議や国際スポーツの誘致も大事であるが、ほとんど一過性のもので、継続性が感じられない。また、目立ったプロジェクトは福岡市単独のものであり、周辺自治体を巻き込んだプロジェクトや連携などはあまり見られない。

 一方の熊本は、2016年の大地震や2020年の記録的大雨による豪雨災害を経験し、復興計画をとりまとめ、未来にむけて踏み出そうという姿勢を明確に打ち出している。今回のTSMC進出は、熊本県内全域の自治体が同じ方向を向いて、さまざまな企業への誘致や都市環境整備、生活インフラ整備を押し進めているように見えるのである。これを見ていると、10年後あるいは20年後には福岡の一人勝ちといわれた時代が終わり、次世代産業の中心として発展する熊本県内の多くの自治体が「住みたい自治体ランキング」上位になっているかもしれないと思ってしまう。

(了)

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<プロフィール>
下川 弘
(しもかわ ひろし)
1961年11月、福岡県飯塚市出身。熊本大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程を修了後、87年4月に(株)間組(現・(株)安藤・間)に入社。建築営業本部やベトナム現地法人、本社土木事業本部・営業部長などを経て、20年9月からは九州支店建築営業部・営業部長を務め、21年11月末に退職。現在は(株)アクロテリオン・代表取締役を務める。ほかにC&C21研究会・理事やハートフルリンクアジア協同組合代表理事など。

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