2024年04月25日( 木 )

【鮫島タイムス別館(5)】安倍国葬と英女王国葬を比べて気づく、権力と権威の区別があいまいになった日本(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 国葬はそもそも「国家の権威」を国民をあげて弔うものであり、権力者を神格化するものであってはならないが、安倍氏はそのなかでもとりわけ「国葬」にふさわしくない「対立・分断を煽る権力者」だった。岸田政権による安倍国葬の強行は、安倍政権とは何だったのかを私たちに改めて問い直すことになったのだ。

 もう1つ安倍政権で見逃せないことがある。安倍一強という政治状況が出現するにつれ、天皇家との対立が深まったことだ。

 最大の対立点は女性天皇をめぐる問題だった。平成の天皇(現・上皇)はこの問題に前向きといわれたが、安倍政権は男性優位の家族像を保持する右派の支持を集めており、緊張関係が続いた。平和や人権をめぐる立場にも隔たりがあり、皇居からも首相官邸からも双方への不信がマスコミに漏れ、リベラル言論界には安倍政権の暴走に歯止めをかける役割を天皇に期待する風潮さえ生まれた。安倍官邸はこうした世論を警戒して宮内庁人事に介入し、安倍シンパを皇居へ送り込んだ。

 安倍政権の姿勢は「天皇の権威」への挑戦とも受け止められた。権力基盤が強固になり、ついには「権威の獲得」にも野心を燃やしたというわけだ。その先にあるのは権力者の神聖化・絶対化であり、独裁政治の誕生である。政権が長期化して権力が1点に集中する恐ろしさは、ここにある。

 これに対し、天皇家の側にも「国民統合の象徴=権威」であることを自らあいまいにする事象が相次いだ。まずは天皇の退位問題だ。

 皇室の基本法典「皇室典範」は皇位継承を天皇の崩御に限定していたが、天皇は高齢と健康上の理由で生前退位の意向を宮内庁幹部に示し、安倍政権は特例法を成立させ2019年に退位が実現した。天皇の国事にかかわるすべての行為には「内閣の助言と承認」を必要とする憲法の規定に抵触しないのか、議論を呼んだ。

 日本国憲法は「国民の基本的人権の尊重」を最重視している。天皇は「国民統合の象徴」であって「国民」ではない。天皇が国民と同様に「個人の自由・権利」を主張したら、他の国民の自由・権利と衝突して「国民統合の象徴」になりえない。「生前に退位したい」という天皇個人の思いを受け入れるのか否かは象徴天皇制の根幹にかかわる重大問題であった。

 高齢と健康上の問題ということもあり、退位は国民世論にすんなりと受け入れられた。だが、それに続く秋篠宮家の婚姻問題はそうはいかなかった。

 秋篠宮家の長女眞子さんと同級生の小室圭さんの婚約内定を宮内庁が発表したのは安倍政権下の2017年だった。ほどなく小室家の金銭トラブルが報道され、婚姻への反発が噴出。秋篠宮は「憲法にも結婚は両性の合意のみに基づいてというのがあります」と述べ、皇族にも婚姻の自由があると主張。国民世論は「国民が歓迎しない皇室の婚姻は認められない。税金投入には絶対に反対」という声と、「皇族にも婚姻の自由がある。眞子さまの意思を尊重すべきだ」という声で二分された。国民世論の対立の分断の渦中に皇室が身を置いてしまったのである。

 時代の変遷に合わせて皇室の在り方が変化するのは当然だ。皇族の人権に配慮することは時代の流れでもある。一方、天皇を「日本国民統合の象徴」とする現憲法のもとで皇族という特別な地位・待遇を与えられた者が社会の対立や分断とは一線を画して国民の連帯感を醸成する役割に徹しないのなら、その存在意義は薄れていく。

 この婚姻問題は、どこまで皇族の自由を認めるのかという問いかけ以上に、その問いかけへの国民世論の合意形成がうまく運ばず、国民世論の分断を招いてしまったという結果にこそ、象徴天皇制への根本的な疑問を呼び起こす歴史的意味があったのではなかろうか。「皇室は本当に必要なのか」「巨額の税金を投じて維持するほどのものなのか」という議論が惹起されること自体が「日本国民統合の象徴」としての存在を揺るがしているのだ。

 権力が権威を取り込むことを狙い、権威は国民に近づいて自らの権威を薄めていく。安倍国葬に至るまでこの国で起こった出来事は、権力と権威の境界をあいまいにし、統治システムの根幹を揺るがしているという視点が重要だ。

 しかし、今の政治家たちにそうした意識は希薄だ。岸田首相がエリザベス女王の国葬への参列を真剣に検討したものの、最後は天皇が参列するために見送ったという事実は、まさに権力と権威を峻別する意識の欠如が岸田政権にも受け継がれていることを物語っている。英国の国家元首の国葬に出席すべきは、日本の国家元首である天皇であり、首相が出しゃばる話ではないという矜持は、岸田政権中枢にはみじんもなかったのだろう。

 安倍氏は凶弾に倒れたが、この流れは止まらない。権力と権威を峻別してきたこの国の民主主義は大きな転機を迎えている。

(了)

【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
新しいニュースのかたち│SAMEJIMA TIMES

(前)

関連キーワード

関連記事