2024年04月19日( 金 )

【鮫島タイムス別館(6)】首相秘書官人事を批判せず 立民も世襲を意識し現状維持か

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 岸田内閣の支持率が続落している。昨年秋の衆院選、今年夏の参院選で圧勝したのがウソのように国民から見放された感がある。

 内閣発足からちょうど1年となる10月4日に行った人事が不人気に拍車をかけた。岸田文雄首相は長男の翔太郎氏(31)を首相秘書官に抜擢したのだ。岸田首相は政治家3代目。自慢の長男は4代目となる跡取り息子である。地元・広島で育ち、慶大卒業後、三井物産を経て父親の事務所で秘書になった。SNSで自ら積極的に発信している飲み会などの写真をみると、現代風で軽いノリの若者だ。

 官邸関係者によると岸田首相は彼にSNSを中心とした広報担当を期待しているのだという。支持率を回復させるために、岸田内閣の冴えない印象を若い発想で刷新したいという思いがあるようだ。さらには小泉純一郎元首相が小泉家4代目の進次郎氏を自らの秘書から華麗に政治家デビューさせたように、翔太郎氏を売り込む絶好の機会として首相秘書官に据えたのかもしれない。

 この公私混同人事には国民世論の人気だけでなく、岸田首相を支えてきた側近の秘書官チームの士気も下げることだろう。政権再建策を新たに加わった長男に心を開いて話すことは憚られるし、何よりも支持率下落を側近たちのせいにされているように感じるに違いない。

 内閣発足直後のご祝儀ムードのなかで翔太郎氏を起用していれば話は違った。ひょっとすると「イケメン長男」としてマスコミに持て囃されたかもしれない。しかし一年が経ち、支持率続落のなかでの縁故人事にはプラス要素が見当たらない。与党も野党も霞が関もマスコミも国民世論も長男起用を冷淡に眺めたのだった。今さら若い感覚でSNS発信を増やしても誰にも見向きされないほど、この内閣はすでに嫌われている。

 そのうえこの縁故人事は自民党にはびこる世襲政治をあらためて照らし出すことになった。ポスト岸田の一番手といわれる河野太郎デジタル大臣は3代目。岸田派ナンバー2の林芳正外相は4代目。今世紀に入り、自民党で首相になった6人のうち小泉純一郎氏、安倍晋三氏、福田康夫氏は岸田氏と同じく3代目。麻生氏は3代目どころか大久保利通や吉田茂を家系に持つ華麗な政治家一族だ。唯一世襲でないのは、岸田首相の最大の政敵である菅義偉氏だけである。

 その菅氏は、国民世論が猛反発するなかで強行された安倍国葬で唯一注目を集めた政治家となった。友人代表として述べた弔辞の評判が良かったのだ。一方、葬儀委員長を務めた岸田首相のあいさつは話題にさえ上らなかった。岸田首相は自らの内閣の支持率を続落させた「国葬」と「長男起用」によって、最大の政敵である菅氏の株を上げてしまったのだ。やることなすことが冴えず、裏目に出る。岸田内閣の行き詰まりを象徴するようなエピソードといっていい。

国会 イメージ    私が気になるのは、岸田内閣の命取りになりかねない「長男起用」に対し、野党第一党の立憲民主党の追及が甘いことだ。この縁故人事翌日に行われた衆院代表質問で、泉健太代表はこの話題を追及せず、続いて登壇した西村智奈美代表代行は質問の最後に「余計なお世話かもしれませんが」と取ってつけたような追及しかしなかった。これほどわかりやすく世論に響く公私混同人事をなぜ大々的に追及しないのか、理解に苦しむほかない。

 考えられる理由は2つある。1つは支持率低迷にあえぐ立憲民主党が、同じように支持率続落で窮地に立つ岸田首相との連携を念頭に置いていることだ。

 立憲最高顧問の野田佳彦元首相は安倍国葬に参列したうえ、国会追悼演説を担うことになった。岸田氏も野田氏も財務省に近い緊縮財政派だ。野田氏は消費税増税を決めた自公民3党合意当時の首相である。しかも立憲は参院選惨敗後、野田内閣で副総理として3党合意を主導した岡田克也氏が幹事長に、財務相を務めた安住淳氏が国会対策委員長に復帰し、党運営の主導権を握った。財政健全化に向けて岸田首相と立憲が歩み寄る展開は十分にあり得る。

 ここは安倍派出身の細田博之衆院議長や麻生派の山際大志郎大臣の旧統一教会問題の追及を全面に打ち出し、岸田首相との関係が決定的に悪化するのは避けておこう――立憲のそんな魂胆が透けて見える。

 もう1つの理由は、世襲政治そのものに対する立憲民主党の「攻撃」が下火になっていることだ。かつて民主党は自民党の世襲政治を激しく攻め立て政権を奪取した。民主党の当時の若手ホープたちに世襲政治家はほとんどおらず、「世襲」は最大の追及カードだったのだ。時はめぐり、彼らも当選を重ねて50代、60代を迎え、頭の片隅に自らの地盤をだれに譲るのかという課題が浮かんできたのではないか。自らの子女が念頭にあるとしたら「世襲批判」に及び腰になるのは当然だ。

 自民党の体たらくを許しているのは、対抗すべき野党が現状維持の機運に包まれていることが大きな要因である。

【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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