2024年05月04日( 土 )

「宝くじの神様」と呼ばれた男(2)

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大さんのシニアリポート第118回

 今年の「年末ジャンボ宝くじ」は前後賞合わせて10億円だそうだ。「夢を求めて」今年も宝くじの売り場で買い求めた人も多いだろう。一等7億円当選を願い、西銀座にある「宝くじチャンスセンター」の一番窓口に延々と並び、縁起を担いで神棚に置いたり、仏壇の裏に隠したりした人もいるにちがいない。ところでこの宝くじ、たった1人のバンカーが考案したということをご存じだろうか。今回はシニア問題を少し脇に置き、「宝くじの神様と呼ばれた男」の話を4回に分けて報告する。

一久(いっきゅう)さんのトンチ

晩年の片岡一久
晩年の片岡一久

    ここで勧銀戦時債券部員片岡一久の登場である。まず戦時債券部の部長平井健吉に、「富くじ発行は勧銀が持ち込んだ話にしないで、大蔵省から委託されたというかたちにして常務会に出しては」と進言し採用。常務会もこれに賛成して勧銀側の意向はまとまる。次に大蔵省だ。大蔵省の国民貯蓄局計画課に林修三(後に法制局長官)がいた。林34歳、片岡33歳という国難を救う思いの強い若き俊英が共鳴し合った。林は国民貯蓄局長の氏家武、司法省刑事局長池田克を口説いた。司法省のトップを口説けば「射幸心」の意味も変わる。

 片岡は「富くじ」発行直前に、「福券」という限りなく「富くじ」に近い債券を登場させた。元金保証(20年後に償還)、無利子、抽選は1回。抽選に外れてしまえば20年後に元金しか戻らない。元金保証という意味では「債券という衣」を纏ってはいるものの、中身は限りなく「富くじ」に近い。仮に元金を償還せず、代わりに償金額をアップさせれば完全に「富くじ」だ。部員の多くは、片岡一久をトンチの「一休」さんに例えた。若き行員の英知と決断力が急場を救った。

 こうして新富くじ発行のための臨時資金調達法「抽籤により当籤金を交付する証票案」は、圧倒的多数で衆議院を通過。45年2月10日施行と決定した。戦況は既に、国家財政が「不浄な金でこの聖戦を戦えない」といっていられない状況を示していた。新富くじは「勝札」(かちふだ)と命名された。市電の「札の辻」(品川)という行き先表示を見て思いついた。「戦争に勝つお札」だと片岡は述べている。

「勝札」に夢を託した

 45年7月16日、一等賞金10万円の「勝札」は全国一斉に発売された。百貨店組合や煙草組合などの団体をはじめ、個人の「小売人」にも現金決済という一定の条件を付けて、売り捌きを依頼した。勧銀と契約した小売人の八巻務は、東京新小岩駅南口に目をつけた。軍需工場に出かける人たちで朝夕はかなりの人出があったからだ。思惑通り、1枚10円の「勝札」は恐ろしい売れ行きを見せた。八巻は「群れる蜂のように10円札を握りしめた手が何本も伸びてきて、恐怖を覚えた」と証言している。翌日からは足下に柳行季を置き、そのなかに10円札を入れたのを確認して勝札を手渡した。このころの1枚10円は決して安くない。しかし市場には物がないのだ。戦時インフレで紙くずになってしまうかもしれない紙幣なのである。空襲警報が鳴り、B29の大編隊が頭上を通り過ぎるなかでも、「勝札」を求める客がいた。八巻個人の総売上は14万枚、140万円。奈良県の2倍、鳥取県の実に3倍を個人で売り捌いたのだ。こうして45年8月15日、聖戦完遂のための最後の切り札ともいうべき「勝札」は、敗戦で突然「負札」になった。

「勝札」(片岡一久監修『目で見る宝くじ30年史』、総販企画より)
「勝札」
(片岡一久監修『目で見る宝くじ30年史』、総販企画より)

 片岡たちに残された次の仕事は、「抽せんと償還」である。「抽せんは8月25日」と決められている。「戦争に負けてしまった以上、抽せんを先延ばしにしてもいい」という行員もいた。しかし、「勝札の裏面に抽せん日が記載されている以上、25日に抽せんすべき」という声が他の意見を圧した。このあたりが銀行員の生真面目さ、日本人の持つ律儀さなのだろうか。抽せんは戦災を免れた勧銀長野支店で行われた。会場は熱気を帯び、最後に一等10万円の当せん番号「じゅういちまん、れいせん、よんひゃく、ななじゅう、さんばん」(110473番)が読み上げられると、会場に悲鳴にも似た声が挙がったという。

 勝札の消化率は66パーセント。現行の「宝くじ」と比較してもかなり悪い。しかし、戦時下という非常事態を考えれば致し方ない面ある。「勝札」の後をどうするか。思案に暮れる片岡たちに、突然風が吹きはじめる。

(つづく)

続編は2023年1月掲載予定


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第118回・1)
(第118回・3)

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