2024年04月29日( 月 )

防衛費増額をめぐる議論とその背景にあるアメリカの思惑

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 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
 今回は、12月23日付の記事を紹介する。

海上自衛隊 イメージ    日本の防衛関係費は対GDP比で約1%の額で推移してきました。

 1976年当時の三木武夫内閣が閣議決定した「防衛関係費の総額は当該年度のGDPの1%に相当する額を超えないことをめどとする」に端を発しています。

 しかし、2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻を機に、自民党内から「5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指す」との提言がなされ、NATOの国防費が対GDP2%比であることから、2022年6月の閣議決定で、「日本もNATOに倣う」との方向が打ち出されたわけです。

 同年5月の岸田総理とバイデン大統領の首脳会談でも、その方向が合意されました。

 2027年までに43兆円の防衛費を確保する大方針が決定し、アメリカ製のトマホーク500発購入など、アメリカの軍需産業にとっては朗報です。

 実は、アメリカ政府からは日本国憲法第9条の戦争放棄条項を削除するようにとの圧力が強まる一方でした。

 というのも、かつての超大国アメリカも一国では中国に対峙できなくなってきたからです。

 2022年10月に公表されたアメリカの「国家安全保障戦略」には「同盟国とともに抑止力を高める」との記述があり、これは明らかにアメリカ発の「SOS」に他なりません。

 日本の防衛省、自衛隊の幹部の間では、台湾有事を含め、戦争が間近に迫っている状況にあるにもかかわらず、防衛力が低下していることへの危機感が高まっています。

 具体的には、戦闘機の稼働率は部品不足が影響し、かつての90%から今や50%台に低下し、足りない部品をメンテナンス中の戦闘機から付け替える「共食い」が増加している次第です。

 そもそも自衛隊員の人員不足は恒常化しており、いくら最新鋭のジェット戦闘機やミサイル搭載の駆逐艦や小型空母を建造しても、乗組員の確保ができなければ「宝の持ち腐れ」となるのは火を見るよりも明らかです。

 新たな安保3文書の「国家安全保障戦略」には、中国を名指しで「我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、我が国の平和と安定および国際社会の平和と安定を確保するうえで、これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けました。

 要は、中国という仮想敵国を名指しすることで、国民の間にも「防衛意識」を喚起し、有事に備えた防衛力の強化を推進する狙いであることは明らかです。

 当初、自民党内には中国を「脅威」と明記するように求める意見も強かったようで、アメリカ政府からの要望もあったことは間違いありません。

 とはいえ、日中は2008年の共同声明で「互いに脅威にならない」と確認している経緯もあり、連立を組む公明党からの強い反発もあり、「脅威」という表現は撤回されました。

 前防衛事務次官の島田和久氏曰く「ロシアの侵攻を許してしまった点で、ウクライナの防衛政策は失敗だった」。「ロシアに見くびられたわけで、日本は同じ失敗をするわけにはいかない」。

 これは多くの保守層を代弁する意見でしょう。

 とはいうものの、防衛費の膨張が続けば、かえって地域の緊張を高める「安全保障のジレンマ」に陥るとの懸念の声も聞かれます。

 加えて、防衛費増額の財源をどうするかという問題もあります。

 長引く不況やコロナ禍の影響で経済活動が停滞するなか、国民や企業に増税を求めることには慎重ないし反対の声も根強いのが現状です。

 消費税はその使途が社会保障目的に限定されているため、逆進性も強く、結果的に所得税、法人税、たばこ税に落ち着く見通しです。

 国債の発行という案も俎上に上ったわけですが、安易な国債発行は「次の世代からの搾取」になりかねず、赤字国債の発行を原則禁止する財政法第4条に違反することになるため、見送られました。

 それとは別に、ウクライナの戦後復興には7,500億ドル(約100兆円)以上が必要との指摘を受け、「戦争を抑止するために防衛費を増やすことが、戦争が起きてから予算をかけるよりはるかに安全で安価」という見方も出ています。

 今回、9年ぶりに国家安全保障戦略が改訂され、防衛大綱、中期防衛力整備計画も一新されることになったのですが、今後は5年以内にどのように具体的な方法で防衛力を根本的に強化するのかを議論し、実行していかねばなりません。

 残念ながら、国会では十分な議論が尽くされたとは言い難く、岸田総理は「現状の自衛隊では危機対応が十分とはいえない」というものの、外交を含む総合的な安全保障戦略を打ち出しているわけではありません。

 たとえば、台湾有事は平時で起きる可能性が高いと分析されていますが、平時の場合には自衛隊は動きが制約されています。

 この1点についても議論は中途半端なままで、軍事力のみに頼るのでは日本の安全は砂上の楼閣に終わりかねないことを肝に銘じる必要がありそうです。


 次号「第324回」もどうぞお楽しみに!


著者:浜田和幸
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