2024年06月16日( 日 )

露ウ戦争の第二局面(1)

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 日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏から東京大学法学部教授・松里公孝氏の「露ウ戦争の第二局面―ロシア軍事政治指導部内におけるウクライナ全土派とドンバス集中派の対立」が寄稿されたので以下に紹介する。

ロシア ウクライナ イメージ    本稿は、3月29日イスタンブル和平会議後の露ウ戦争のいわゆる「第2局面」を扱うが、内容的には『現代政治』2022年6月特集号に掲載される「ドンバスの保護、ウクライナの脱ナチ化―露ウ戦争の目的と矛盾」(以下、旧稿)の続編である※1。旧稿で指摘したことを現状でまとめ直すと以下のようになる。

※1 通常、露ウ戦争の「第 2 局面」とは、セルゲイ・ラヴロフ露外相がその開始を宣言した4月19日以降を指すが、本稿では、ロシアの軍事政治指導部がウクライナ全土作戦の失敗を事実上認めたイスタンブル和平 交渉以後を指すものとする。

(1)露ウ戦争の前夜から、ロシアの軍事政治指導部内に、ロシアの作戦行動をウクライナ全土で展開しようとする立場と、旧ドンバス2州に集中すべきであるとする立場があり、その対立が今日も続いている 。

(2)両者の関係は、前者が楽天派、後者が現実派といったものではない。ドンバスにウクライナ軍の精鋭が配備されていることを考慮すれば、ドンバスに集中してドンバスを「解放」することのほうが、ロシア軍がキエフを急襲してヴォロディムィル・ゼレンシキー大統領などを拘束することよりも容易だったとは必ずしもいえない。

(3)ドンバスに集中してドンバス2人民共和国(保護国)の安全を確保したとしても、それによりウクライナ残部はますます右傾化し、NATO加盟は無理にしても西側軍事機構に組み込まれてゆくだろうから、ロシアの安全保障状況はかえって悪化する。これは、2008年第2次南オセチア戦争後のグルジア、2014年のクリミア併合後のウクライナに起こった倍賭け現象(doubl ing down)の繰り返しである。しかも賭け金ははるかに競り上がっている。「蛇を殺すには頭を潰した方が よ い」とロシアの軍事政治指導部が考えたとしても、それは楽観論とはいえない。

(4)とはいうものの、開戦後40日間に展開されたウクライナ全土作戦が、ロシアと人民共和国にとって望ましい戦果を生まなかったことは事実である。3月29日イスタンブル和平交渉が政策転換の格好の口実を与えたため、ロシアの軍事政治指導部内においてドンバス集中派が強くなり、戦争は「第2局面」に移行した 。

 以上が旧稿の内容であるが、

 4月3日にはブチャ事件が起こったため、ウクライナ側は3月29日和平交渉の内容をちゃぶ台返しした。もちろん、ブチャ事件とちゃぶ台返しの間の因果関係は、どちらが原因で、どちらが結果だったかはわからない。

 開戦時のウクライナ側の選択肢としては、(1)ドンバスからは撤退して、ハルキフ―ドニプロ―ザポリッジャの線に第二戦線を形成する、(2)マリウポリおよびドンバス西部に立て籠るという二者択一があったが、ウクライナ指導部は(2)を選んだ。さすがにマリウポリを維持することはできなかったが、ドンバス西部では地歩を守り、ドネツク人民共和国に厳しい砲撃を浴びせ続けている。しかしこの成功は、ロシアが戦力をウクライナ全域に拡散したおかげであって、ウクライナ自身の手柄ではない。「第22局面」でも、ウクライナ軍がドンバス西部に立て籠り続けることが合理的な選択とは思えない。

 現に、ウクライナ軍はマリウポリ戦のような籠城戦に固執するのではなく、状況に応じてスロヴャンスク、クラマトルスクなどから撤退する準備もしながら抗戦しているという解釈もある。セルヒー・ハイダイ(ルガンスク)、パヴェル・キリレンコ(ドネツク)という両州の軍務知事の奮闘で、マリウポリ州の玉砕戦に比べれば民間人の疎開も進んでいるようである。ただ私見では、ウクライナ軍が籠城戦にこだわる傾向があるのは、軍が分権化しておりキエフから中央集権的な戦争指導ができないからであって、第2局面でも籠城主義が容易に克服されるとは思わない。

 繰り返すが、開戦後40日弱の露ウの泥仕合は、ロシアはドンバスに集中すべき戦力をウクライナ全土に拡散し、ウクライナはドンバスから撤退して第2戦線を形成すべきだったのにドンバスに立て籠もった(とくにマリウポリで1万5千ともいわれる兵力を無駄に失った)という、双方の悪手から生まれたものだった。

 しかし、悪手が生まれるには生まれるなりの、何らかの必然性や戦略的な意図があるはずである。現に、戦争の第2局面に入ってからもロシア軍は必ずしもドンバスに集中していない。たしかにロシア軍はキエフ州、チェルニヒフ州からは撤退したが、ウクライナの南西部(ヘルソン、ミコライフ、オデサ州)で、奇妙な行動を継続している。本稿は、ロシア軍がなぜドンバスに集中できないのか、その背後にはどんな意図があるのかという問題を考察したい。

(つづく)

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