2024年05月17日( 金 )

【ウクライナ・ボグダン氏】長期化する戦争下キーウの現状(前)

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ボグダン・パルホメンコ 氏

 2022年2月24日にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始して、まもなく1年が経とうとしている。この1年、現地の情勢はメディアやジャーナリストのみならず一般市民のSNSなどによっても日々発信されてきた。そのなかに、日本語による現地からの情報発信で注目されるボグダン・パルホメンコ氏がいる。

 今回は、長期化する戦時下における生活と精神的な厳しさ、情報発信の難しさ、日本や国際社会に対する思いをレポートしてもらった。
(本レポートは2022年11月30日受領。日付も当時のもの)

 皆さん、ご無沙汰しております。ウクライナのボグダン・パルホメンコです。今回は、長期化する戦争下キーウの現状と情報発信についての続編レポートを皆さんにお知らせします。

 今日は11月30日、半日以上の停電が当たり前となっている首都キーウの、ランタンの光が灯る薄暗い自宅でパソコンのキーボードを叩いています。ロシアとの全面戦争が始まった2月の終わりから、日本の皆さんにウクライナの現地情報をずっと発信してきましたが、私が改めて皆さんと共有したいいくつかの重要なトピックについて書きたいと思います。

情報規制下での発信の難しさ

ボグダン氏
ボグダン氏

 当初私は自分で見たこと、聞いたこと、体験したことを中心に自宅からインターネットを通して情報発信していました。戦争が進むにつれ、外に出て情報を得たり、現場の状況を撮影したりするようになりました。

 ただ、戦争が起きているなかで撮影や聞き込みを行うことは、常に大きなリスクがともなうこともわかりました。また、日本人が知りたい情報や日本からの質問に対する答えが、必ずしもウクライナにとって有利な内容ばかりでないこと、またウクライナ人が答えたくない内容も少なからずありました。

 たとえばロシア軍による民間人の殺戮が行われたブチャに行ったときのことです。現地の人に何を体験したか聞いても、ほとんど答えは返ってきませんでした。これは彼らの防衛本能であると、私は感じました。辛い記憶を思い出すことによる精神的なストレスの発生を抑えるため、脳が回答を拒否しているのです。

 また、街中では常に軍隊や情報機関や警察が目を光らせています。少しでも不審な人物と見なされれば、連行され事情聴取を受けます。私たちも何度か連行された経験がありますが、その際は、携帯のパスワードなどもすべて提出し、行動の中身がチェックされます。撮影した動画や画像もすべてチェックされ、場合によっては全消去されてしまいます。メッセージのやり取りもチェックされ、連絡を取り合っているのは誰かという尋問が半日続きます。

 日本のメディアの方はモスクワにあるオフィスから私によく連絡を取ろうとするのですが、ロシアの電話番号からの着信履歴があると、スパイ行為を行っているのではという疑惑がかかってしまいます。ですので、携帯の着信履歴や画像・映像の削除を小まめに行うなど注意が必要です。

 尋問時はデータベースで個人の履歴がチェックされ、過去に連行歴があるかどうか、厳重注意を受けたかどうかなども確認されます。何度も注意を受けている場合は逮捕される可能性もあります。連行されても戦争中なので、国民は何も文句がいえません。回答を拒否すればするほど拘束時間が長くなってしまうので、素直にすべてに答えるしかありません。

 不平等を感じるのはウクライナ人と外国人への対応の違いです。街中で外国人が撮影していても、警察や軍隊の人に連行され事情聴取を受けることはほとんどありません。しかし、ウクライナ人の場合は、少し間をおいてから警備隊に声をかけられ、連行されてしまいます。よく日本のメディアの方から撮影してほしい映像や現地市民へのインタビューなどの依頼を受けますが、対応できるかどうかをとても慎重に判断する必要があります。

 また鉄道、地下鉄、バス停、政府の建物などはすべて国家機密に分類され、少しでも映像に入っていると、規制の対象になってしまいます。せっかく良い内容が撮影できても、削除されてしまうことも日常茶飯事です。現地からの情報発信がとても難しいことを、この約10カ月の生活で実感しました。

 現在、ロシア国民にウクライナに関して質問する動画が日本で流行っているようですが、ロシア国内は戦争下にはないので警察の取り調べもあまりなく、あのような企画の動画が成り立っているのだと思います。しかし、ウクライナで同じ様なものを撮影しようとすると、ほぼ100%の確率で連行されてしまいます。つまり、ウクライナから発信される情報にはかなり制限があるのだということを、ご理解ください。

 ただこのようなウクライナ政府の政策がとても重要であることは間違いありません。情報規制が甘かった当初、ウクライナ軍はドンバス地方やハルキウ、ヘルソンなどで敵に情報が漏洩して苦戦を強いられました。情報規制を強化した今年8月以降は、ハルキウでの反転攻勢やヘルソンの奪還などに成功しています。とはいえ、戦争下での情報発信の難しさを再認識した次第です。

(つづく)


<プロフィール>
ボグダン・パルホメンコ

1986年旧ソ連・ウクライナ生まれ。90年に日本に移住し、神戸市・大阪市で中学校卒業まで過ごす。キーウの大学を卒業後、三菱商事現地法人勤務などを経て、キーウにて化粧品輸入販売会社SEPA LLCを設立、経営を行っている。

(中)

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