2024年05月09日( 木 )

木材の「川上」「川中」「川下」を考える(5)

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 近年、「まちづくり」で木材の活用が注目され、木造の中・大規模建築物への利用・普及などの模索が国内外で活発化している。そこで今回の特集では、日本や九州、そして福岡県における林業とその周辺事業、建設業の動向を探ってみた。みえてきたのは、山積する課題はもちろん、それを上回る大きなポテンシャルだった。

「川中」事業者には温度差も

 上記の地域ビルダー2社は直接、産地とつながることで木材調達とコストの安定化を図ることなどで競争力を高めているが、そうなると難しい立場になるのが「川中」の木材加工・流通事業者だ。彼らは、川上と川下の間に立ち、流通を円滑化する業務に携わることで利益を得てきたが、その機会が失われつつあるからだ。正確にいえば、その機能の多くはプレカット事業者らが担っており、旧来型の木材組合などの中間事業者は新たなビジネスモデルの構築を探求せざるを得ない状況にある。

 ウッドショックが、問題をより複雑化させている側面もある。産地に近く林業とほぼ一体化して事業を展開している事業者と、福岡市のように山が少なく、流通がメインとなっている事業者では状況が異なるのだ。ウッドショックによって川上と川中は潤ったといわれているが、そこには温度差がある。

 100年以上の歴史がある福岡市木材協同組合・福岡市木材市場の伊藤正隆理事長は、「外装材の主流が窯業系サイディングになったことに代表されるように、住宅に使われる木材の量そのものがかつてに比べて減っている。また、プレカット企業やホームセンターなどの台頭で、木材市場の環境もまた、かつてとは大きく変化した」と危機感をあらわにしている。ただ、「ウッドショックで木材が注目され、木材が売れる喜びを感じたのも事実。プレカット工場など新たな取引先を開拓することで、今後も私たちの事業の歴史をつなげていきたい」(伊藤理事長)と話していた。

内装に木材をふんだんに使った居住空間。
近年ではこうした事例が少なくなってきた
(画像提供:安成工務店)

 実は、福岡県には木材・県産材活用を阻害している事情がほかにもある。川中を担うメインプレーヤーである大規模な集成材加工業者がないのである。CLTを製造する工場もない。これでは今後、県産材を活用する中・大規模木造建築物の需要が拡大した際、安定加工・流通に支障をきたす。現状は、鹿児島県や宮崎県の工場に丸太や木材を輸送し、加工後にそれを送り返すという非効率な状況だ。

 地域で地産地消できれば、木はより環境に優しい存在になるが、現状では福岡県産材を他県まで輸送・加工して、それをまた福岡県に戻すなどということを行わざるを得ない。「各県がそれぞれの地域材活用を支援するのではなく、九州一円で支援策を一本化すれば、より効率的ではないか」と指摘する関係者もいる。

福岡で「ウッドバン」に期待

 九州一の消費地である福岡県に、集成材あるいはCLTの製造施設を設けることが、林業振興対策に必要だと見られる。前述した安成工務店および健康住宅と、木材産地との連携が始まり継続しているのは、双方でコミュニケーションを密にし、相互利益を追求したからだ。安成工務店の安成社長はそのうえで、「あるべき社会と事業の方向性を同一ベクトル化する」ことが、SDGsを実現することに重要であり、事業の成功につながると述べている。
 「木を活用する」ということに魅力を感じる人たちは川上、川中、川下で増えているが、相互理解を深め、方向性を同じくすることが何より求められているのだ。

 福岡県では林業振興策の1つに「民間・都市部の建築物における県産木材の利用促進」を掲げ、「木造ビル(福岡モデル)の実現に向けた支援」を展開するなど、取り組みを強化している。これは商業ビルやオフィスビルの木造化を推進するため、建築主への提案やアドバイザーの派遣、建築士らに対するノウハウ取得のための技術者講習などを行うもの。加えて、住宅用に加工されている流通製材を活用することで、すでにある木造生産システムを活用する試みも盛り込まれており、佐賀、長崎、熊本、大分の各県においても同様の取り組みが行われている。

木造オフィスビルの内部の様子(住友林業・筑波研究所)
木造オフィスビルの内部の様子
(住友林業・筑波研究所)

    ただ、残念ながら九州はおろか福岡市においてさえ実績が少なく、中・高層建築物については具体的な計画さえ見ることができない。外装材にCLTが活用される旧イムズビルの建替計画が、かろうじてあるぐらいだ。振興に取り組むある関係者は、「早く第1棟目を」と切実な想いを口にしていた。

 全国一の成長力を誇る福岡市は、九州第1棟目の候補地といえるだろうが、その実現にあたってはデベロッパーの決断と実行力、さらには金融分野の理解や後押しも求められよう。ウッドショックで高騰した木材価格は安定傾向となったが、以前に比べれば高い水準を保ち、それは林業とその関連事業者たちの経営体力を幾ばくか回復させた。一方で、鋼材やコンクリートの価格は高止まりを続けており、そうした現状も国産材、地域材を活用するうえで追い風になるとみられる。

 川上・川中・川下が活発に連携し、木材の積極的な活用による経済効果を幅広く行き渡らせ、日本や世界に誇れる経済システムとして確立する──。大げさに聞こえるかもしれないが、そんな気宇壮大なビジョンをもって、福岡でビッグバンならぬ、「ウッドバン」と呼ばれるような大きな変革が起こることを期待したい。

「福岡モデル」のイメージ(九経連の資料より抜粋)
「福岡モデル」のイメージ(九経連の資料より抜粋)

(了)

【田中 直輝】

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