2024年05月09日( 木 )

九州の観光産業を考える(8)スギ大径木の出番を国がお膳立て

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舌下のトローチより元凶根絶へ

 多くの国民が悩まされている花粉症は社会問題だとして、政府が取り組む姿勢を見せた。日本の山々から放出され煙る花粉のみならず、遠くタクマラン砂漠やゴビ砂漠から襲来する黄砂で、コロナ禍名残の不織布マスクがなお幅を利かせる2023年春。長年の修練でアレルギー反応に耐性を身に付けた方々には何を今さらだろうが、国による花粉症撃退宣言は、慢性疾患化している方々には充血した眼を見開く朗報だ。

 戦後復興の木材需要に対し、全国で植林が奨励された。山持ちは広葉樹林の斜面を切り拓いて針葉樹の苗を植え、孫子の代に金の生る木となることを夢想した。ところが、グローバル経済なんて時代にいつしか飲み込まれ、安価な輸入材に押され、近傍の山から伐り出し搬出・加工の手間と経費がかかる国産材は、人気が下がってしまった。中山間地の人口が流出し、林業に携わる人が高齢化し減少したのも、間伐が進まず山が荒れ、スギ・ヒノキが野放図に育った理由だろう。この間、スギ・ヒノキのパッチワークは、生存本能から花粉を放ちまくる。グシュングシュン。花粉の飛散しない北海道や沖縄に避難する重症者もいるほどだ。ハァァァ、ハァックション。

 国策その1「官民を通じたスギの伐採加速化計画の策定・実行、外国材から国内材への転換による需要拡大、花粉の少ない健全な森林への転換などの発生源対策」、その2「スーパーコンピュータやAIを活用した花粉飛散予報の抜本的改善や予報内容の充実、飛散防止剤の実用化などの飛散対策」、その3「舌下免疫療法など根治療法の普及に向けた環境整備、花粉症対策製品等の開発・普及などの曝露・発症対策」という具合だ。

九大・景観研究室のチャレンジ

 国により講ぜられる花粉対策が異次元のものなら、憎き針葉樹を根こそぎ伐採か遺伝子組み換えで花粉を飛散させなくするかだろうが、現実的なのは国策その1、手入れの届かなくなっているスギ・ヒノキをなるべく多く切り出して、社会に役立てることだろう。

 そこで、九州大学工学部・景観研究室の「ASO-DEKASUGI Guardrail Project」を紹介したい。同研究室は20年にわたってスギ・ヒノキ材を土木分野で活用する取り組みを続けており、熊本県阿蘇地域での活動は、まさに今回の国策その1に適うものである。

「ASO-DEKASUGI Gurdrail」投入でSDGsと
景観保全のサーキュレーションを実現
(資料:九州大学景観研究室)

 周知の通り、阿蘇地域は12年の九州北部豪雨、16年の熊本地震で大きな被害を受けた。この間、阿蘇中岳が20数年ぶりに噴火し、やっかいな降灰にも悩まされた。農畜産業の盛んな阿蘇地域は同時に一大観光地でもあり、雄大な牧草カルデラ景観は、たび重なる土砂災害での大きな傷跡をそこかしこに残し、安全安心な暮らしや観光行動を取り戻すための復旧工事が現在も進められている。

 九大景観研究室は復旧工事について、「河川改修や砂防ダム等の施工はコンクリート擁壁の継ぎはぎとなり、阿蘇本来の風景を損ねている」ところを問題意識として取り上げた。熊本県は復興に際して将来の発展につながる創造的復興を目指すとし、また環境省も「阿蘇をモデル地域とした地域循環共生圏の構築と創造的復興に関する研究」というプロジェクトを立ち上げている経緯があるとはいえ、阿蘇の大景観の端々に姿を現し始めている公共工事の有り様は、景観価値を減じていると同研究室は評する。

SDGsと景観と文化

 現在、熊本県と阿蘇郡市7市町村は、阿蘇の世界文化遺産への登録を目指している。取り組みを始めた08年以降、阿蘇は13年に世界農業遺産(GIAHS)、14年に世界ジオパークを勝ち得ているのだが、有り体にいえば、カルデラ内に形成されてきた文化的景観を世界文化遺産登録の名の下、もう一段格上にブランド化しようとしている。であればなおさら、日常の暮らしのなかに息づいてきた景色が、地域固有の文化的価値を担保していると識ったうえできちんと保全し、ICOMOSの審査に耐えられるものとしなくては、世界遺産リストへの登録上程は遠い。

 そこで九大景観研究室の提唱するのが、石積み文化の再評価と正しい顕在化、そして長年放置され育ち過ぎた大径木のスギをガードレールとして活用する「ASO-DEKASUGI Guardrail Project」である。地域材を地域内で循環的に活用し、鉄製ガードレールに代わり地域の景観と馴染ませることで観光客の居心地良さを醸成し、なおかつCO2の固定化により脱炭素社会へ貢献することができると訴える。当然、地域経済への貢献も大きい(図「ASO-DEKASUGI Gurdrail」~を参照)。

 既存の白く塗装された鉄板ガードレールを上記の木製ガードレールに置き換えたCGを作成し、阿蘇を訪れた観光客600人にアンケート調査を同研究室が実施した結果、80%の観光客が木製を支持した。「阿蘇の環境、自然と調和している」「地元の森林資源を用いた地産地消に賛成」「地球温暖化問題を考えた良いアイデア」といったコメントは、世界文化遺産登録への至極まっとうな声だろう。調査が今時分であれば、「スギ花粉退治にこのうえない良策」がトップ回答になったことだろう。

景観地でのシーニックバイウェイをCGでシミュレーション検証(資料:九州大学景観研究室)
景観地でのシーニックバイウェイを
CGでシミュレーション検証
(資料:九州大学景観研究室)

<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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