2024年05月12日( 日 )

九州の観光産業を考える(9)元号銘柄の建造物 その命脈やいかに

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「古風」のあやふや

 古民家の再生利用は、よほど意表を突く転身ぶりか、来歴を過大に盛った形成でもなければ、話題にならなくなった感がある。かつて、古い町家をアレックス・カー氏が宿に改装し、異端的発想と特殊な間取りの奥座敷風情との相生(そうしょう)が和モダンとして注目されたのと違い、昨今は古民家が割安なハイブリッド仮設空間へ落着してきたようだ。天井板を外し梁や桁を露わにした頭上は、一般家屋の低い天井による閉塞感をいくらか解消し、文化財級の和建築の吹き抜けや現し天井に似せた演出を寸借する。こうした造作は、くつろぐには似つかわしくなかった場所も、知恵ある運用次第で息を吹き返す異形の群像劇とはなっている。

 限界集落にうずくまる住人の消えた家屋、保存か活用かを決めかねて放置される文化財っぽい屋敷、創業年を誇らしく謳うたわむ床の旅亭、化粧直しで風格を取り戻した邸宅等々―哀れを誘うものあり、畏れで皮膚が泡立つものあり、誉れの香るものあり。それらのいくつかは民俗の遺産として未来へ継承すべしとされる建造物であろうが、存在し続けることに要する経費はどこからか捻出されなくてはならない。先細る行政予算がいつまでも面倒をみることは難しい。“現世の利益(りやく)”を発揮し、その対価を管理運用に当てられる対象物だけが生き延びていけるのだろう。

明治の気骨、大正の浪漫

大阪市中央公会堂はコロナ禍を乗り越え中集会室での優美な舞踏会再開が待たれる
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中集会室での優美な舞踏会再開が待たれる

    大阪市中央公会堂(別称は中之島公会堂)の市民に向けた活用策には敬服する。この重厚な建物はもちろん古民家ではなく、伝統的建造物であり国登録の重要文化財である。指定管理者によって日々の運営がなされ、市民に向け各フロア各区画が多様な活用に供されている。そもそも篤志家により公会堂として建設され市へ供託されたのだから、当然といえば当然の使途ではあるが、我が国の建築史に刻まれるその文化財的価値のため大幅な使用制限が掛かりそうなところ、さすが大阪の太っ腹!と声を挙げたくなるほど自由度が高い。当代の市民文化活動に豪奢なステージ空間をありがたく提供してくれる。

 明治大正の建物、とくに近代洋風建築は、度量ある手入れで利用者へまさに桧舞台を思わせてくれる。南蛮渡来礼讃、舶来品信奉とは違う和洋混交。多少のカビ臭さが鼻孔をかすめても、その威光は陰らない。そこに身を置く高揚感、多少背伸びして自分を演じることになろうが、空間容積に見合う以上の満足感をもたらしてくれる。べからず書きばかりを目の端に捉えながら、バリア越しに恐れ多く拝観することを強いたりしない。敬意を払いながら肌感をもって使うことを通じ、現在を生きる我々のためになってくれている。

 九州にもそうした価値を提供してくれそうな建造物は多くある。門司港駅舎(北九州)、旧松本家住宅(北九州)、三井港倶楽部(大牟田)、大分銀行赤レンガ館(大分)などが代表的なものだ。往時の佇まいを忠実に復元したもの、ファサードを残し内部を今日の利便に適うようリノベしたもの、いずれの手法を採ろうとも、気骨と浪漫を細部に宿しながら現代人の魂へも創建の息吹を伝えている。

 そうした建築の1つ、福岡市の赤煉瓦文化館はかつて日本生命保険九州支店だったものが、1969年に国の重要文化財に指定されたのを機に市へ譲渡され、90年3月まで市歴史資料館、94年からは福岡市赤煉瓦文化館として開館してきた。そして2019年8月からは1階をコワーキングスペースに改修し、利用する若人へ高い天井から起業の天啓を授けようとしている。手をこまねいて廃れ、ゾンビの居所となるより、知恵ある技法と運用で生かすほうがやはり素敵なのである。

昭和の奔放と空き家対策

移築再建された北野物語館は粋なインテリアのスターバックス店として人気を博す
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    古民家と聞くと、武家や豪農や豪商の屋敷をついイメージする。太い柱、曲線を描く梁、黒光りする縁側、凝った装飾の調度品。厳密な定義はないようだが、古民家とは概ね50年を経過した家屋を指すらしく、そうだとすれば、なるほど昭和に建てられた物件も十分に名乗る資格がある。しかし、昭和生まれの筆者の目には上記の思い込みも手伝い、旧い民家は墨つぼで弾き引いた黒い線がどこかに残っているにせよ、工場出荷で規格通りに組み上げられた、さほど価値ある物件には映りづらい。大いなる時代遅れはかえって改修後の落差に面白みが出せるから良いのだが、経済性や効率を重んじ近代に併走してきた建物をどうしても古民家に“格上げ”できない。

 半面、昭和の古民家リノベには、忖度や遠慮も生じないとも当て推量する。屋台骨に過ぎず、かりそめの外殻をまとわせ蘇生させるのを見るのは、進化系、変異系、寄生系、まぁどれも醍醐味ではある。インバウンド客向けの施設を謳う場合、和文化を勘違いさせはしまいかと不安に思うことはあるし、Marvelous!などと感嘆する外国人が本音を吐いているとも思わないことがあるのだが、うらぶれた旧い建造物が特異な着眼で命脈を保つことができるのは、文化財活用に対し頭の固い向きを宗旨替えさせる妙薬かもしれないとも考える。アンティーク仏壇をドールハウスとして用いる外国人がいると聞けば、奇天烈な古民家改修もありかと我が心に言い聞かせる。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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