2024年05月02日( 木 )

バイデノミクスとレッセフェールの死衰(前)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は7月11日発刊の第336号「バイデノミクスとレッセフェールの死~米中対立が惹起する 40 年ぶりのレジームの転換~」を紹介する。

(1)急進展する台湾有事への備え

 ウクライナ戦争は世界の民主主義諸国の価値観を根底から変え、各国の政策レジームを大転換させている。2021年までは、G7に結集する民主主義先進国の人々は法が支配する安全な秩序のもとにあるという神話を信じていた。しかし、プーチン氏のウクライナ侵略により、この世には未だに弱肉強食のジャングルの掟が貫徹しているのだ、ということを思い知らされた。

台湾進攻の蓋然性

 専制国家群と民主主義国家群の和解のない対立が熾烈化する中で、民主主義諸国の盟主である米国は、プーチン氏とは比較にならない手強いライバルである中国に対する備えを、最大限のスピードで構築し始めた。深く考えれば、プーチン氏のウクライナ侵略よりは、習近平氏の台湾進攻の方がはるかにハードルが低い。中国は、(1)人口、経済力、軍事力において圧倒的優位にあること、(2)ウクライナは独立国家だが台湾は中国の一部であることを、米国も国連も認めているという道義的正当性が存在すること(もちろん民主主義諸国は認めていないが)、(3)国内の統治能力は議会制民主主義を取っている(形ばかりとはいえ)ロシアより、一党独裁かつ個人への権力集中が貫徹した中国の方がはるかに大きいこと、の3つは否定しがたい事実である。加えて、中国経済の衰弱、人口減少から中国の国際的プレゼンスはここ5年がピークであり、台湾統一という国家悲願の実現には、米中の国力が最も接近している現在が最後のチャンスである、と習近平氏が考える蓋然性は高い。習氏を思いとどまらせる唯一の要素は米国の介入への意志の強さしかない、少なくとも米国指導部はそのように考えているはずであり、それに対応して非常事態的政策を遂行し始めた、と見るべきだろう。

(2) バイデノミクスの成立、40年ぶりのレジーム転換

 そうした非常事態的体制として、米国でのレッセフェールの否定、大きな政府へのシフトという、レーガノミクス登場以来40年ぶりのレジーム転換が実現しつつある。

図表1、図表2

レッセフェールの限界、新産業革命でトリクルダウン機能せず

 先進国経済においては、レッセフェールの限界ははっきりしていた。富が企業や富裕層に集中する一方、中間層が衰弱し、格差拡大と社会的分断が引き起こされているという現実がある。武者リサーチがかねて紹介してきたように、現在の米国経済には、3つの目詰まりがあるといえる。まず、(1)新産業革命が企業に超過利潤、貯蓄余剰をもたらしていること、(2)労働者の実質賃金はほとんど成長せず、家計の所得は労働外所得(資産所得と政府補助)に依存するようになっていること、(3)企業利益の8割が株主還元され株高が維持されることで(家計純資産増加、家計資産所得増加のかたちで)、富は家計に配分されているものの、それは十分ではなく偏りがないともいえないこと、である。レッセフェールが期待したトリクルダウンが機能していないといえる。

図表3、図表4、図表5、図表6

ウクライナ戦争が政府による産業介入、貿易介入を正当化した

 民主党の穏健派、バイデン政権は3つの柱からなるレッセフェール修正案を提示していた。つまり、(1)成長の質の重視(格差縮小・中間層への高配分)、(2)産業政策の導入、(3)国内雇用最優先の貿易政策(消費者優先ではない)である。他方、共和党の小さな政府、レッセフェールを志向するグループはそれに反対していた。

 しかしウクライナ戦争勃発により、非常事態体制の確立が必要との認識が共有され、強力な産業政策が成立することとなった。またトランプ政権から継承した対中貿易制裁、米国の輸入障壁を引き下げ国内雇用に悪影響を及ぼすと考えられるTPPへの不参加などの貿易規制はさらに強化されている。

中・韓・台への半導体依存引き下げのためのCHIPS法

 バイデノミクスの中心が、2つの産業政策である。第一の半導体国内生産強化のためのCHIPS法(CHIPS and Science Act、2022年8月成立)は中国、台湾、韓国への半導体供給依存を引き下げることを目的に、5年間で527億ドル(7.4兆円)の予算を投じ、米国での半導体関連生産企業に補助を与えるものである。米国半導体工業会(SIA)は、40以上の半導体および関連工場の新増設プロジェクトが発表され、16州で合計約2,000億ドル(28兆円)の民間投資と約4万人の新規雇用が創出されると推計している。

中国のクリーンエネルギー優位をブロックするIRA(インフレ抑制法)

 第二のIRA(インフレ抑制法 Inflation Reduction Act、2022年8月成立)は、2022~2031年度の10年間に、法人税増税(15%の最低税率導入)や処方箋薬価改革によるメディケア予算の削減などで7,370億ドルの歳入増を図り、3,690億ドル(52兆円)がクリーンエネルギー・安全保障関連産業に補助される。そして差額の3,000億ドルで財政赤字削減を見込むものである。クリーン電力に対する税控除(1,603億ドル)、クリーン製造業に対する税控除(403億ドル)、クリーン建物に対する補助(453億ドル)、クリーン自動車に対する補助(155億ドル)、クリーン燃料に対する税控除(234億ドル)となっている。

図表7、図表8

(つづく)

(後)

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