2024年11月04日( 月 )

日本の名誉と誇り、国益を激しく毀損した最悪の外交イベント【G7広島サミット】(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

京都大学大学院
教授 藤井 聡 氏

 岸田文雄総理大臣は今年5月、G7サミットを地元広島で開催した。その後、度重なる政治不信を招く政治判断ゆえに再び支持率は低迷しつつあるが、当時の日本国民は岸田総理によるこのサミット開催を高く評価し、それまで低迷していた岸田政権の支持率は、ほんの一瞬のことではあったが「5割」を超えるほどに一気に上昇した。しかし、このサミットは実際には、日本の誇りや国家的利益を大きく毀損するものであったというのが、藤井聡京都大学大学院教授の分析だ。

誇り、名誉を著しく失った
岸田主催の慰霊イベント

京都大学大学院 教授 藤井聡 氏
京都大学大学院
教授 藤井 聡 氏

    しかし、田舎者が都会人に対する過剰コンプレックスでやらかしてしまう行為には、大抵大きな代償がともなうことになる。同様に今回の「田舎者根性丸出しの岸田G7イベント」によって、我々は巨大な代償を支払うことになった。以下、「カースト上位のきらびやかな国々に振り向いてもらいたい/褒めてもらいたい」という劣等感丸出しの情けない心情に基づくG7イベントによって、日本が被った巨大な被害について解説することとしよう。

 まず、日本人が今回のG7を通して失ったのは、日本人としての誇りであり名誉である。

 多くの国民はその点にまったく気付いてさえいないようだが、そもそもバイデン大統領は、岸田総理との共同声明で核兵器使用を「人類に対する敵対行為」であり、従って「決して正当化され得ない」と言明している。いうまでもなくこの言明は、広島・長崎に対するアメリカの核兵器使用もまた「人類に対する敵対行為」であり「決して正当化され得ない」ということを意味する。それはつまり、アメリカ政府は日本に対して、かの広島・長崎の原爆攻撃について「謝罪」をせねばならない責任を負っていると宣言したに等しい。

 従ってバイデン大統領は、核攻撃は決して正当化され得ないとわざわざ宣言した以上は、他の大統領よりもとりわけ大きな「謝罪責任」を背負うことになったのである。しかしそれにも関わらず、今回の慰霊にあたって謝罪しなかったのである。このバイデン大統領の態度は、我々日本人にとっては到底許すことなどできぬものだ。

 それはたとえば自分の両親を明確な意図に基づいて殺害した加害者が、一切の謝罪表明もないままに数十年の時を隔てて、殺めた両親の墓標に訪れ、しかもそこに至っても謝罪の表明がないのと同じだ。ましてや、その加害者は普段「人殺しは断じて許されない、決して正当化され得ない」とうそぶき続けているとするなら、なおさらだ。この謝罪無き慰霊を是認されるのは、我が両親が殺されて然るべき「人でなし」である場合に限られる。

 つまり、バイデン大統領が慰霊にあたって謝罪しなかったということは、広島の人々は原爆で殺されて然るべき「人でなしだ」と宣言したに等しいのである。かくして我々日本人は、謝罪しなかったバイデン大統領を絶対に許すわけにはいかないのである。

 ただし、この謝罪無き広島慰霊訪問を実現させたのは、G7議長国の首脳である岸田総理なのだ。岸田総理はバイデン大統領が謝罪しないと承知していたにも関わらず、広島慰霊訪問に招待したのである。

 むしろ、広島に慰霊訪問すれば謝罪すべき道義的圧力を受けざるを得ないバイデン大統領は、慰霊訪問を回避したいと考えていた。たとえば、オバマ大統領の広島慰霊訪問時には、核なき世界を目指すとの公式のメッセージが発出された一方で、今回は慰霊についてのバイデン大統領からの公式メッセージはまったく発出されなかった。

 そうであるにも関わらず広島慰霊訪問を無理矢理実現させたのが岸田総理なのだ。しかも今回は、日本に核攻撃を仕掛けた連合国側の主要国家の首脳陣も同席させたのである。なんと愚かな人なのだろう。

 岸田総理は自らがイメージする平和と反核メッセージをアピールすることに固執し、横車を押すようにしてアメリカ大統領の広島慰霊訪問を実現させ、それを通して広島の人間は核兵器で殺されても然るべき「人でなし」なのだと、バイデン大統領に事実上「宣言」させる状況を自ら嬉々としてつくり出したのである。これは広島の原爆死没者に対する、そして、日本人に対するこのうえない侮辱だ。

 かくして我々日本人は、謝罪無き広島慰霊訪問を行ったバイデン大統領と同等、というよりむしろそれ以上の「道義的公憤」を、岸田総理に対して差し向けなければならない「道義的責任」を負うに至ったのである。

 つまり、我々日本人がバイデン大統領に対して見せる怒りは、決して「不寛容」ゆえではないのである。あくまでも倫理的、道徳的要請に基づくものである。我々日本人が怒りを見せなければ、「人でなしだ」と宣言された広島の人々の名誉、さらには同胞たる我々日本人全員の名誉は永遠に回復されなくなってしまうからだ。バイデン大統領と岸田総理によって損なわれてしまった彼らの誇り、そして我々自身の誇りを回復するためには、少なくとも今を生きる我々日本人が、彼らを決して許さないと言い続けなければならないのである。

 多くの現代日本人は一様に、謝罪無き原爆死没者慰霊の何が問題であるのかを認識していないようである。それよりもむしろ、当方のように憤ることは「不寛容」であり、日本人は過去の過ちを水に流して許す姿勢こそが「大人」として適切な振る舞いなのだとすら認識しているようでもある。

 多くのこうした現代日本人の愚かしさ、そしてその不埒さは、かの岸田総理の愚かしさと不埒さに通ずるものだ。しかしそれは何も不思議なことではない。そういう日本人が平成、令和にかけて急速に増殖したからこそ、その1人である「岸田文雄」が総理大臣の座に座ることができたのである。かくして、「岸田文雄」は現代日本人の象徴と言わざるを得ないのである。

G7広島がもたらす巨大な国益の遺失

G7広島サミットにて(首相官邸HPより)
G7広島サミットにて(首相官邸HPより)

 今回のG7広島は具体的な国家的利益をさまざまなかたちで毀損したものでもあった。

 第1に、ゼレンスキーをG7に招き、主催国として対談し、ロシアと戦うウクライナを徹底して支援する姿勢を鮮明にした。G7構成国のうち、日本だけはウクライナと同じくロシアの「隣国」だ。従って、対ロシア外交はほかのどの国よりも慎重にならなければならないはずなのだが、岸田氏は日本の利益よりも米国の利益を優先するかのように、ウクライナの全面支援を打ち出したわけだ。極東は、台湾や北朝鮮などをめぐりさまざまな紛争が生じかねないリスクに満ちたエリアだ。そんな状況のなかで、「怒らせなくてもよい相手を必要以上に怒らせる」ことをするのは、愚の骨頂と言わざるを得ない。もちろんロシア批判は必要だ。しかし、「必要以上」の口撃は文字通り必要ではないのだ。

 第2に、今回のサミットは、台湾有事目前ともいわれる緊張状態が存在する日中関係において、欧米との結束を深めて中国への圧力を最大化するうえで重要な契機であった。それにもかかわらず、「反核」や「ウクライナ支援」という、日本の喫緊の安全保障リスクに対処するうえでさして重要でない二項目をことさら重視してしまい、対中圧力の増強という最も重要な案件についての焦点がぼやけてしまった。同様のことが対北朝鮮問題についてもいえる。つまり、現実主義的な外交案件を軽視し、イメージ先行の外交を展開してしまい、その結果、外交的成果が本来もっと得られるはずであったが、それを得ることができなくなった、という巨大な「機会費用」が発生してしまったのだ。

 第3に、広島や長崎というものは、アメリカや欧州各国に対する最強の外交カードでもあった。なぜなら、核攻撃はいかなる理由があろうとも道義的に最悪の犯罪なのであり、その点において欧米諸国は日本に対して巨大な「道義的負債」を抱えていたのだ。従って、その外交カードは今後もさまざまなかたちで「活用」可能であったということが、外交のリアルな現場においては、外交リアリストたちの間で長らく認識されてきた。しかし岸田氏は、自身のくだらない劣等感を払拭し、少々人気を得るなぞというくだらない目的のために、その最強の外交カードを使い捨ててしまったのだ。

 岸田氏は、広島、長崎の人々、そして日本人の誇りをゴミ箱に捨て去るのみならず、欧米に対する最強の外交カードをたたき売りするように使ってしまったのである。

 このように岸田G7外交は、日本の歴史を最悪の未来へと導くほどの巨大破壊を我が国にもたらしたのである。その真実に岸田氏はもとより、多くの国民は気付いてはいない。もちろん、この見立てが誤りであると筆者は祈念している。しかし、どう考えても筆者には、この見立てが誤っているとは到底思えないのである。誠にもって、遺憾である。

(了)


<プロフィール>
藤井 聡
(ふじい・さとし)
1968年奈良県生駒市生まれ。91年京都大学工学部土木工学科卒業、93年同大学院工学研究科修士課程修了、同工学部助手。98年同博士号(工学)取得。2000年同大学院工学研究科助教授、02年東京工業大学大学院理工学研究科助教授、06年同大学教授を経て、09年から京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授。11年同大学レジリエンス研究ユニット長、12年同大学理事補。同年内閣官房参与(18年まで)。18年から『表現者クライテリオン』編集長。著書多数、近著に『安い国ニッポンの悲惨すぎる未来―ヒト・モノ・カネのすべてが消える―』(経営科学出版)。

(前)

関連キーワード

関連記事