2024年05月16日( 木 )

頻発する自然災害にどう備えるべきか(中)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

豪雨頻発の九州北部 主な要因は梅雨前線

 大雨特別警報の対象地域は全国各地におよんでいるが、そのなかでも九州・沖縄エリアは他エリアと比べて明らかに発表件数が多くなっている【表4】。府県予報区ごとの大雨特別警報の発表件数では、1位が福岡県の6件、2位が長崎県の5件、3位が佐賀県の4件と、上位3つはすべて九州・沖縄エリアが占めている。また、大雨特別警報の1件あたりの平均継続時間や最大継続時間を見ても、九州・沖縄エリア―とくに北部九州エリアの継続時間が長時間となる傾向が見て取れる。こうした発表件数や継続時間を見る限りは、今回の令和5年梅雨前線豪雨でもとくに被害の大きかった福岡県は、“豪雨災害の頻発地域”という不名誉な称号を甘んじて受け入れざるを得ないのかもしれない。

【表4】「大雨特別警報」の府県予報区ごとの件数・継続時間

 では、なぜ福岡県でこうも豪雨災害が頻発するのだろうか──。まず福岡県の地形条件を見ていくと、県内の北東から南西にかけて、中国山地の延長にあたる筑紫山地が連なるほか、断層線によって多くの山塊に分かれており、これが県の気候区分に大きく作用している。平野部では周防灘に臨む豊前平野や遠賀川流域の直方平野のほか、博多湾に面した福岡平野、有明海に注ぐ筑後川・矢部川流域に九州一の広さを持つ筑紫平野などが開けている。気象条件を見ていくと、福岡地方や北九州地方、筑豊地方は日本海気候区に属し、年降水量が1,600~2,000mmであるのに対し、筑後地方は内陸型気候区に属しており、年降水量は平野部で2,000mm前後、大分・熊本県境付近の山間部では2,400mm前後となっている。

 豪雨災害の発生につながる気象要因は、主に台風と梅雨前線の2種類が考えられるが、実は福岡県で大雨特別警報が発表された事例のうち、台風が要因となっているものはほとんどない。福岡を含めた北部九州は「台風の通り道」というイメージが強いものの、91年から20年までの30年間の台風の平年値では、発生数が年間25.1なのに対し、沖縄・奄美地方を除いた日本本土への接近数は年間5.8で、そのうち九州北部への接近数は年間3.8となっている。この数は決して少なくはないものの、全国の他エリアと比べて突出して多いわけでもないのだ。つまり福岡県における豪雨の気象要因は、そのほとんどが梅雨前線によるものだといえよう。

 実際に、福岡県内でとくに被害が大きかった豪雨災害を振り返ると、12年7月に梅雨前線により九州北部地方で発生した豪雨では、県内だけでも死者5名、床上床下浸水5,763戸の被害が発生。また、17年7月に発生した「九州北部豪雨」では、梅雨前線によって線状降水帯が形成され、九州北部地方で局地的に猛烈な雨が降り、県内だけでも死者37名、床上床下浸水616戸の被害が発生した。18年7月の「西日本豪雨」では、西日本を中心に全国的に広い範囲で記録的な大雨となったが、福岡県内では死者4名、床上床下浸水3,246戸の被害が発生。なお、西日本豪雨では1府10県で特別警報が発表され、広い範囲で長時間の記録的な大雨となった。20年7月の「令和2年7月豪雨」では、九州地方を中心に記録的な大雨が降り、県内だけでも死者2名、床上床下浸水2,023戸の被害が発生。そして今年の令和5年梅雨前線豪雨―と、福岡県における大規模な豪雨災害は主に7月の梅雨の時期に発生していることがわかる。

 梅雨の時期に豪雨災害が発生しやすくなるメカニズムは、こうだ――。梅雨の後期になってくると、とくに九州と西日本の太平洋側においては、太平洋高気圧の周辺を回って東シナ海から暖かく湿った空気が流入しやすい気圧配置となることで、線状降水帯の元となる積乱雲が発生しやすい気象条件となる。そこに積乱雲が次々と集まっていく「バックビルディング現象」と呼ばれる現象が起こることで、線状降水帯の発生確率が上昇。この線状降水帯が曲者なのだ。気象庁では線状降水帯について、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することでつくり出される、長さ50~300km程度、幅20~50km程度の線状に伸びる強い降水域」と定義しており、発生することで局地的な集中豪雨に見舞われ、土砂災害や河川氾濫などの豪雨災害につながるというわけだ。

 なお、線状降水帯の発生条件には未解明な部分が多く存在しており、大気中の各高度における風や大気の安定度、水蒸気の量などの要素が複雑に関係していることで、正確な予測を困難にしている。気象庁ではスーパーコンピューター「富岳」も活用し、22年6月から線状降水帯の発生の予測を開始しているが、今年7月中旬までに発生した12回の線状降水帯のうち予測できたのは4回と、その精度はまだ高くない。今後、予測精度のさらなる向上を期待するとともに、予測を過信し過ぎない姿勢も大事だろう。

出典:気象庁ホームページ
線状降水帯表示」(気象庁ホームページより)

災害リスク高い立地、避けることも検討を

 福岡県内においても、エリアによって豪雨災害の発生頻度は大きく異なる。とくに多いのは筑後川の上中流部エリアで、九州北部豪雨や令和2年7月豪雨、そして今回の令和5年梅雨前線豪雨など、たびたび土砂災害や河川氾濫、浸水被害などの災害に見舞われている。そもそも筑後川は、江戸期には“筑紫次郎”の異名で、利根川(長男・坂東太郎)および吉野川(三男・四国三郎)とともに“暴れ川三兄弟”の次男坊に位置付けられており、さらに歴史を遡ると、洪水により一夜にして流域が荒廃してしまうことから「一夜川」とも呼ばれていた河川である。つまり歴史的にも、常に洪水や氾濫などの災害リスクを孕んでおり、それが昭和から平成、そして令和に至るまで連綿と受け継がれているわけだ。

 その筑後川は今年、本格改修開始から100周年の節目を迎えるという。別項で筑後川河川事務所の吉田大所長のインタビュー記事を掲載しているが、この100年の間に流域では河川改修やダム建設などのさまざまなハード整備を重ねてきており、それは着実に豪雨災害の軽減などにつながっているようだ。しかし一方で、前述のように豪雨災害の頻発地域でもあることから、甚大な被害を受けた被災箇所の傷が癒えぬうちに再度被害を受けるといったケースや、これまでに整備が手薄だった箇所で新たに被害が発生するケースもあり、終わりなき改修を強いられるイタチごっこの様相も呈している。

 筑後川のような河川の流域に限らず、たとえば都市成長の過程で郊外へと市街地が拡大していった結果、本来であれば住宅・建物の立地に適さない場所で無理に開発を進めてしまい、そこが災害発生時に被害を受けるといったケースも多々ある。18年の西日本豪雨で土砂災害が発生して2人の死者を出した北九州市門司区の住宅地や、14年8月に土砂災害が発生して死者77人を出した広島市安佐南区・安佐北区の住宅地などは、斜面地において急激に無秩序な開発が進められた場所だ。こうした「昔から人が住むことを避けていた場所」での開発を無理に進めた結果、集中豪雨などの有事の際に土地が孕んでいた災害リスクが顕在化し、甚大な被害をもたらしてしまうことが多々ある。

(つづく)

【坂田 憲治】

(前)
(後)

月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?

福岡のまちに関すること、再開発に関すること、建設・不動産業界に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。

記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。

企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は1記事1万円程度から。現在、業界に身を置いている方や趣味で再開発に興味がある方なども大歓迎です。

ご応募いただける場合は、こちらまで。その際、あらかじめ執筆した記事を添付いただけるとスムーズです。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。(返信にお時間いただく可能性がございます)

関連記事