2024年05月01日( 水 )

【鮫島タイムス別館(18)】中東政策でも米国寄りを鮮明にした岸田政権の危うさ

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 イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲し、イスラエルがガザ地区を報復攻撃して中東情勢が緊迫感を増す10月8日、岸田文雄首相がX(旧・ツイッター)に投稿した内容が波紋を呼んだ。ハマスの奇襲を「強く非難」しながらも「テロ」とは呼ばず、「ガザ地区においても多数の死傷者が出ていることを深刻に憂慮しており、すべての当事者に最大限の自制を求めます」と訴え、イスラエルにも自制を求めたからだ。

 この前日、米国のバイデン大統領は緊急演説を行い、「テロ攻撃を正当化することは決してない」としてハマスの奇襲を「テロ」と断じて非難。「米国はイスラエルに寄り添う。イスラエルの安全保障に対する我が政権の支持は強固で揺るぎないものだ」と強調してイスラエルを全面支持する意向を表明していた。

 岸田首相はウクライナ戦争ではバイデン政権に追従し、ロシア制裁に踏み切ったうえでウクライナへの1兆円支援を表明した。防弾チョッキなど防衛装備品に加え自衛隊車両も支援して「ロシア敵視」の姿勢を明確に打ち出したのだった。

 内閣支持率が低迷し、自民党内の政治基盤も強くはない岸田政権にとって、最大の後ろ盾はバイデン政権の支持である。バイデン大統領と個人的に親しいエマニュエル駐日大使は岸田最側近の木原誠二氏(前官房副長官)と毎週のように接触して岸田外交を外から操ってきた。岸田政権が進める防衛力の抜本的強化も、中国包囲網を強めるための日韓和解も、すべてバイデン政権の意向に従ったものだ。

 ところがイスラエルとパレスチナが衝突する中東の危機に際し、岸田首相はイスラエルに全面加担するバイデン政権の意向に反して双方に自制を求めたのである。

 この背景には、日本が原油輸入の9割以上をアラブ諸国に依存している実情がある。日本の伝統的な中東政策はイスラエルとアラブ諸国と等距離を保つ中立外交が基本だった。岸田首相はそれを踏襲した格好だが、これまで露骨なバイデン追従外交を見せつけられてきただけに、私の目にもこの投稿は奇異に映った。

 エマニュエル大使は怒り心頭だったに違いない。カウンターパートの木原氏が9月の内閣改造で首相官邸から外れ、自民党幹事長代理に転じたことも、双方の意思疎通を阻害した可能性がある。

 エマニュエル大使は11日、イスラエルのコーヘン駐日大使とともに東京・渋谷の街頭に立ち、英語で「イスラエル人だけの戦争ではない。世界中すべての人にとっての戦争だ!」とまくし立てた。渋谷の群衆ではなく、岸田官邸に対する強烈なメッセージだった。

 この翌日、松野博一官房長官は記者会見で、ハマスの奇襲について「今般のテロ攻撃を断固として非難する」と明言し、岸田首相の投稿を軌道修正した。イスラエルとアラブ諸国のバランスをとる日本の伝統的な中東政策はあっけなく崩れ去ったのである。

 自民党内では「岸田首相がバイデン政権の意向に逆らって独自外交を進めるのはそもそも無理だった。この先、歯止めなくバイデン政権に追従していくだろう。ウクライナへの1兆円支援と同様、中東でも米国から巨額の支援を迫られるかもしれない」(閣僚経験者)との懸念が漏れる。

 中東情勢次第では国際的な原油高が再燃し、円安加速による日本国内の物価高をさらに推し進める恐れも出てきた。岸田首相は物価高に対抗するための経済対策の策定を進めているが、その効果そのものを帳消しにしかねない。

 それでも岸田首相はバイデン依存を強めるほかない。マスコミ各社の世論調査では内閣支持率は発足以来最低を次々に更新し、年内解散の機運はすっかり萎んだ。来年秋の自民党総裁選で再選をはたすには、バイデン政権の強力な後押しを受けて茂木敏充幹事長や河野太郎デジタル担当相らライバルを抑え込むしかない。

 しかし、バイデン頼みは最大の弱点でもある。バイデン大統領には高齢不安が指摘され、来年11月の大統領選でトランプ前大統領との激戦が予測されている。トランプ氏が勝利すれば、ウクライナ戦争から即時撤退し、ロシアのプーチン大統領との関係修復に動く可能性は高い。国際情勢は一変し、梯子を外された岸田外交は立ち往生して退陣圧力が高まるのは必至だ。

 ロシアを訪問して日本維新の会を離党した鈴木宗男参院議員は、プーチン氏と親しい親露派の森喜朗元首相から激励されていることを明らかにしている。その森氏は9月の内閣改造・党役員人事で小渕優子氏の幹事長起用を岸田首相に助言したがものの、受け入れられず、立腹しているらしい。その森氏に反主流派の菅義偉前首相が接近し、反岸田包囲網の構築を狙っている。菅氏と連携する二階俊博元幹事長は親中派として知られる。まさに森―菅―二階ラインで岸田外交に揺さぶりをかける構図が浮かんでくる。

 ウクライナでもパレスチナでも中露は連携を強化し、バイデン政権と対峙する様相だ。バイデン政権は国内ではトランプ氏との対決に全神経を集中させなければならない。米国内の政局が激動し、国際情勢が一変すれば、岸田政権はたちまち立ち行かなくなるだろう。

【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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