2024年05月03日( 金 )

「木造でも可能」既成概念の脱却を後押し(前)

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大分大学 理工学部理工学科建築学プログラム
木質構造研究室
准教授 田中 圭 氏

(株)つむぎ
代表取締役 今次 修一 氏

 林業活性化のカギは、住宅以外の建築物で地域から産出される木材の利用を拡大し、川上から川中、川下まで地域の関連事業者に収益が行きわたるようにすることだ。では、その現状と課題は何なのか。大分県における木材活用の動向に詳しい大分大学理工学部の田中圭准教授と、同県で木造建築物の建設コンサルタント業務などを行う(株)つむぎの代表取締役・今次修一氏に、今後の木造建築物の普及に向けた提言も含めて話を聞いた。

木造高層ビルは可能だが…

 ──田中准教授は木質構造について研究されていますが、木材建築物の普及の現状についてどのように見ていますか。

 田中 私は国や大分県などの自治体、企業と共同で木構造の研究開発も行っています。その知見や、東京などで10階以上の木造建築物が建て始められていることから、すでに20階建程度の高層建築物を木造・木質化することは可能になっていると見ています。しかし、そもそも高層建築物を木造化することが、本当に必要なのでしょうか。そうした高層の木造建築物は、クルマの世界にたとえるなら「F1」です。高層建築物のニーズは都市の中心部に限られます。たとえば、大分の郊外のようなエリアでは、高層建築物のニーズはほとんどありませんし、それは九州・全国のほとんどの地域でも同様です。

木構造に関する各種の試験・実験も行っている
木構造に関する各種の試験・実験も行っている

    つまり、クリニックや保育施設、福祉・介護施設といった、低層の非住宅、事業用施設を木造化することに重点を置いて普及に取り組んでいくことが良いでしょうし、実際にこれまでにもそうした需要は数多く見られるようになっています。ただ、住宅とは異なり、事業用建物では、柱のない大きな空間が求められます。そこで、私たちは大分県からの依頼で、県の農林水産研究指導センター林業研究部(かつての林業試験場)と共同研究を行いました。学校の校舎をつくることができるだけの部材を、県産スギでつくる取り組みを行い、そのなかで「トラス」(三角形を基本単位としてその集合体で構成する構造。梁として使われる)を開発しました。目指したのは、まず約9m四方の教室を柱なしで飛ばす梁の製作でした。特殊な技術を使わず、地域のプレカット業者が加工、大工さんが市販金物を用いて組み立てできるものです。

地域還元の仕組み

 ──今次さんは、大分大学でこのトラスを用いた試作棟を建設する際に、協力されたとうかがっています。

 今次 田中准教授がおっしゃっているのは、トラスを含む構造材を一般流通材、地域の製材業者やプレカット事業者が加工し、地域の住宅会社やゼネコンが施工できるようにするということです。これにより、地域の川上から川中、川下の事業者が参加でき、それぞれが利益を得ることができるようになります。建設コスト削減にも寄与するでしょう。地域で流通する一般製材を使うことができるのであれば、デリバリーコストの削減も可能となり、CO2削減にも貢献できます。

トラスの様子
トラスの様子

    低層の中大規模木造建築物で大空間を必要とする場合では、集成材やCLTなどを使用し建設する事例が多くあります。しかし、これでは地域に利益が還元されません。というのも、大分県には集成材やCLTの工場がなく、県外の事業者に製造を依頼しなければならないからです。そもそも非住宅の建物は、鉄やコンクリートで建設することが主流になっています。この場合も、限定された事業者に利益が集中してしまい、地域が潤うことは少ないのが実状です。ですので、ゼネコンやビルダーに地域の一般流通材による事業用建物を建設するメリットを、さらに周知する必要があります。

「JAS材」も課題

 ──そもそも木材活用のためのサプライチェーンの状況は、どうなっているのでしょうか。

 田中 木材は、鉄とコンクリートと並んで三大建築材料に位置づけられます。なかでも、木材は、カーボンニュートラルに向けて鉄・コンクリートに代わって、活用が広がることが期待されています。ただ、鉄とコンクリートは大企業が素材を供給する寡占市場のなかで動いていますが、木材は川上から川中、川下まで基本的に中小零細事業者による市場です。前者はサプライチェーンがしっかりと構築されていますが、後者ではそうではなく、サプライチェーンの問題をクリアするには、さまざまな課題を解決する必要があります。

 まず、川上の林業事業者ですが、その収益源は丸太の売価です。丸太の売買については、鉄とコンクリート以上に価格の変動が激しく、安定調達したい川中、さらには川下のゼネコンやビルダーのニーズと合致しづらくなっています。価格を安定させるため、これまでの一次産業的な立ち位置に止まるのではなく、生産から宣伝活動などまで一貫して取り組む六次産業的なかたちに変化することが求められそうです。

 今次 川中の製材業者にも変革が求められます。具体的にはJAS(日本農林規格)材への対応です。ゼネコンやビルダーが鉄・コンクリートを使うのは、安定調達しやすく、しかも品質が確保しやすいからです。JAS材は大変高品質ですが、全国的に製造事業者が少ないのです。これでは、JASに適用する集成材やCLTに、市場を奪われるのも仕方がないことです。このように、地域のゼネコンやビルダーがどのような木材を求めており、それにいかに対応するかが大切なのです。

 もちろん、川下のビルダーなどにも課題があります。すでに、大手ハウスメーカーやゼネコンは、商社などと組んで木造の非住宅・事業用建物の供給に注力し始めています。そうした動きを把握し、各地域の林業家や製材所などと密接な交流をもち、対策をしておく必要があります。なお、JAS材使用が求められる建物の規模が、2025年度施行の建築基準法の改正(4号特例制度の見直し)で、これまでの延床面積500m2から300m2に改められます。事業用建物なら300m2の基準に引っかかるケースは増えるはずですが、このことに危機感をもっている事業者が、川中、川下にも少ないことは残念なことです。

(つづく)

【田中 直輝】


<プロフィール>
田中 圭
(たなか・けい)
大分大学理工学部理工学科建築学プログラム准教授。博士(工学)。専門は建築構造学、木質構造学、木質材料学。大分県公共建築物等における木造化検討審査会委員、大分県森林づくり委員会副委員長などを務める。建設に関わった代表的な建物は大分県立美術館、大分県立武道スポーツセンターなど。地域の建築業や木材業との共同研究をはじめ、大手のゼネコンや建材メーカーとも多くの共同研究・開発を実施している。

今次 修一(いまつぐ・しゅういち)
(株)つむぎ代表取締役で、建設コンサルティング、コンストラクションマネジメント、設計などの業務に携わる。中大規模木造建築を推進する企業団体「Oita Urban Wood Building」代表。九州経済連合会地域共創部委員、九州経済連合会大分地域委員会委員、林野庁主催ウッドチェンジ協議会木造高層ビルグループオブザーバー委員も務める。


<COMPANY INFORMATION>
(株)つむぎ

代 表:今次 修一
所在地:大分市賀来南1-13-31-3
TEL・FAX:097-511-2056
e-mail:tsumugi1526@gmail.com

(後)

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