2024年05月06日( 月 )

AI(人工知能)がもたらす労働大移動と脱労働社会(前)

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駒澤大学経済学部准教授
井上 智洋 氏

DIYテクノロジーとしての生成AI

 これまでAIは、大学や企業に属する専門家によって、研究され活用されてきた。しかし、2022年に登場したChatGPTのような言語生成AIやStable Diffusion(ステイブルディフュージョン)のような画像生成AIの登場によってAIは民主化され、誰もが簡単に使えるようになった。

 専門家ではない個人であっても活用できるような技術を私は「DIYテクノロジー」と呼んでいる。「DIY」は「Do It Yourself」(自分でやれ)の略で、業者に頼まずに自分で家を修繕したり家具を作成したりすることをいう。

 AIは今やDIYテクノロジーとなり、人々は日曜大工のようなノリで、生成AIに画像をつくらせたり、物語を執筆させたりしている。生成AIを組み合わせることで絵本や漫画なども創作できるし、それらを電子書籍として販売するのも簡単だ。実際、『サイバーパンク桃太郎』のように、AIでつくられた絵だけで構成された漫画がすでに存在する。

「アイデア即プロダクト」 生成AIがもたらす経済

 このような生成AIが可能にするのは、アイデアをすぐかたちにし得る「アイデア即プロダクト」の経済だ。そこでは、創作にかかるコストや労力がゼロに近い。アイデアさえあればすぐにデジタル財が作成できるのである。

 ただし、AIに生成させた画像や音楽などの創作物を人間が吟味して、試行錯誤を繰り返す必要があるため、労力が完全にゼロになるというわけではない。また、ソフトウェアについては、AIが完成物を生み出せるのはいまのところ簡単なゲーム程度であり、企業で導入するような情報システムをまるごと生成できるわけではない。

 それでも、生成AIを利用するクリエイターも徐々に手慣れてきて素早くつくれるようになるし、AIの今後の進歩によって、ますます簡単にプロダクトを生み出せるようになるはずだ。従って、究極的には「アイデア即プロダクトの経済=コストゼロの経済」となるだろう。

事務職や専門職に生成AIが与える影響

駒澤大学経済学部准教授 井上智洋 氏
駒澤大学経済学部准教授
井上 智洋 氏

    このように、生成AIはクリエイティブ系の仕事に対し、コストや労力を劇的に削減するという際立ったインパクトを与えている。今後は事務職や専門職といった仕事にも影響がおよんでくるだろう。

 事務職の仕事は、これまでもMicrosoft Officeのようなソフトウェアやさまざまな情報システムの導入によって、効率化されてきた。近年では、「ロボティック・プロセス・オートメーション」(RPA)によって、定型的な事務作業の自動化が図られている。

 今後は、ChatGPTのような言語生成AIによってさらに自動化が進んでいく。GPTの機能は「Microsoft 365 Copilot」という名前で、Microsoft Officeのサブスクリプションサービスである「Microsoft 365」に組み込まれていることになっている。それによって、ますます書類や資料などをつくる作業が簡単になるはずだ。

 メールの文面さえもAIが書くようになり、人間の労働者はそうしたAIの仕事をチェックし、修正する作業を担うようになる。事務職という職業が消滅するわけではないが、その雇用は著しく減少するだろう。

 アメリカですでにAIによって、トレーダーや証券アナリスト、保険の外交員、資産運用アドバイザーといった金融系の専門職が雇用を減らされてきた。しかし、それ以外の多くの専門職の労働者にとっては、AI失業は対岸の火事だった。

 というのも、コンピューターはそもそも数値を扱うのは得意だが、言葉を扱うのは苦手だったからだ。金融業で扱われる主なデータは数値だが、会計士や税理士、弁護士、司法書士、ジャーナリスト、研究者、教員、コンサルタントといった専門職では、数値だけでなく言葉を扱う。

 こういった職業の労働者は、専門的な知識を人に伝えたり、それを生かして何かを作成したりすることを主な生業にしている。税理士であれば、税務に関する知識を人に教えたり、確定申告書を作成したりする。

 今後は言語生成AIがそうした専門職の仕事を肩代わりできるので、雇用が減少する可能性がある。しかし、事務職同様にこういった職業が消滅するわけではない。生き残りを図るには、顧客が抱えている疑問や不安を察知し、かゆいところに手が届くようなホスピタリティを発揮することで、AIに対する優位性を保っていく必要がある。

新規採用抑制の可能性

 今後、AIによって生産性が向上する分、また別の業務が増えて雇用は維持されるとも考えられる。しかし、銀行業を見る限りそうはならないだろう。というのも、フィンテックの普及とともに、18年以降日本の銀行員は減少し続けているからだ(全国銀行協会調べ)。

 18年には約29万9,000人だったが、22年には27万1,000人にまで減っている。他の産業に先駆けて、AIを含むITによる影響を大きくこうむった銀行業で雇用の減少が起きているのである。

 といっても、あからさまな解雇がなされているわけではない。人員過剰となった窓口とバックエンドのスタッフを営業に職種転換させる一方で、新規採用を抑えることによって、ソフトランディングを図ってきた。

 自動改札を導入したときの鉄道会社もそうだったが、日本では新規採用を抑えるという手段で失業を回避することもある。それでも、デフレ不況期の02年や09年に戦後最大の5.5%もの失業率に達したことからもわかるように、「日本企業は解雇しない」という昭和の常識はもはや通用しない。

 さらには、銀行業や鉄道業のような一部の業種ではなくあらゆる業種で新規採用が抑えられる場合には、若年層の失業率が上昇する可能性がある。だが、AIを扱うのが比較的得意な若年層よりも中高年層の方を企業は解雇したがるだろう。従って、40代、50代の早期退職が激増する可能性の方が高い。

(つづく)


<プロフィール>
井上 智洋
(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。同大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、17年より同准教授。専門はマクロ経済学。とくに、経済成長理論、貨幣経済理論について研究している。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることも多い。著書に『人工知能と経済の未来』『人工知能とメタバースの未来』(文芸春秋)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞社)、『MMT』(講談社)、『「現金給付」の経済学』(NHK出版)、『AI失業』(SBクリエイティブ)などがある。

(後)

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