2024年04月30日( 火 )

半導体産業国産化の挑戦の成否と求められる戦略(前)

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セミコンポータル 編集長
News&Chips 編集長 津田 建二 氏

セミコンポータル 編集長/News&Chips 編集長 津田建二 氏

 2022年11月、2nmプロセス開発を追求するファウンドリ会社、Rapidus(以下、ラピダス)が活動をし始めた。8月に設立された同社は73億円しか持たない資本金で、数千億円かかる半導体の製造請負サービスファウンドリ事業の活動を開始した。この事業は極めて困難で問題は山積しているが、失敗するとは言い切れない。問題を1つずつ解決していけば成功は見えてくる。業界トップのTSMCでさえ起業当時、そのファウンドリモデルは大いに疑問視された。当時、世界のトップを走っていた日本の半導体企業は、「やれるものならやってみろ」という「高見の見物」のような態度で、TSMCが成功するとは思っていなかった。ラピダスの成否を握る問題点を整理し、その成功の可能性を探る。

「半導体は斜陽産業」という誤解

 ラピダスが設立された背景は、日本の半導体産業が没落しきった現在、世界との競争に勝てない状態が続き、これを何とか打開しようと経済産業省が画策したことにある。その第1弾として、台湾のTSMCを熊本に誘致しようとし、デンソー、ソニーも出資してJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)を設立させた。

 ラピダス設立はその第2弾となる。これらをきっかけに、旧ソフトバンク系だったSBIホールディングスが台湾のファウンドリPSMC(Powerchip Semiconductor Manufacturing Company)と合弁のファウンドリを宮城県大衡町に設立することを発表した。

※半導体を第三者に手渡す国を市場と定義している。
WSTS(世界半導体市場統計)の数字を基に著者がグラフ化

 日本では半導体が長い間、斜陽産業扱いされてきた。しかし半導体産業の実態は、10年以上も前から成長産業だった。【表1】で見るように、世界の半導体産業は成長し続けているのに対して日本だけが成長していなかった。その原因は、世界の半導体産業を見ずに、国内だけを見て半導体は斜陽産業と喧伝され続けてきたからだ。同じように、IT産業は成長産業といわれながら、ITへの投資はまったく増えてこなかった。世界のIT投資が増え続けていることと正反対の姿勢であった。これらの結果、世界のGDPは成長し続けているのに、日本のGDPだけが成長していないという結果を生むことになった【表2】。

※いずれも世界は成長しているのに
日本は成長していないことを示している。
各研究機関の資料を基に産業技術総合研究所がまとめた

 日本と違い、世界ではNvidiaやAMD、Qualcomm、Armなどが躍進、GoogleやMicrosoft、Apple、AmazonなどITサービス業者が自社の独自チップを持ち始めた。経済産業省もようやく半導体産業の成長性に気付き始めた。まずはTSMCの誘致から始め、ラピダスの設立へとつなげた。

 政府・経産省の半導体産業への理解は、自民党議員の半導体戦略推進議員連盟の誕生を促し、議案の提出へとつながった。これまで政府は一企業のために補助金を出すことはなかったが、法律を改正して出せるようにした。いわゆる「半導体・デジタル産業戦略」をまとめ、これをベースに法案を通したことで、TSMCやラピダスのような企業にも補助金を出せるようになったのだ。

 日本で斜陽産業扱いされてきた半導体の成長性にようやく国や企業が気付き始めたことは、日本経済の復活にも極めて大きな影響を与えるだろう。というのは、日本の半導体企業が世界の市場シェアの過半数を占めた時代があったが、そのときの日本経済も半導体とリンクして絶好調で、バブル景気ともいわれたからだ。日本経済の停滞と半導体産業の停滞はまったく同様の傾向を示している。すなわち世界は成長しているのに日本だけが成長していないという事実である。

ラピダス誕生を評価も問題山積

 そしてようやく誕生した新しい半導体メーカーに対しては、批判的な意見が極めて多い。取材から得られたいくつかの指摘を拾ってみると、(1)いきなり2nmプロセスノードに挑戦することは無謀だ、(2)IBMやimecから技術を導入しても、両者は研究のみ行っており量産経験がない、(3)千歳市だけでは工場の水を賄えず、20kmも離れた苫小牧から水道を敷き直さないといけない、(4)高圧ガスは法律上青函トンネルを通過できない、(5)2nmプロセスで欠かせないEUV(極端紫外線)装置を誰がトレーニングするのか、(6)回路設計から配置配線レイアウト、マスク出力までの設計作業は誰が行うのか、(7)1兆円規模の資金調達をすべて国が援助するのか、(8)半導体人材をどう確保するのか、(9)2nmプロセスノードの先には1.4nmという目標が業界にあるが、その先はない、(10)顧客が日本にいないのにどうやって顧客を獲得するのか、などの問題が山積している。

 ここではそれらの問題を解説するとともに、それらを解決すべきソリューションを提案していきたい。

 (1)2nmプロセスノードは、まだどの半導体メーカーも生産していないほど高集積なICをつくるための技術である。半導体製造のトップメーカーであるTSMCの最新の製品でさえ3nmプロセスである。日本は40nmより微細で高集積なICをつくってこなかった。そのギャップはとてつもなく大きい。だから無謀といわれている。

 TSMCが設立された1987年前後、日本のメーカーは3世代くらい進んだプロセスを使っていた。しかし、遅れたプロセスといえども、それを使って製品をつくる顧客がいた。TSMCは身の丈に合ったプロセス技術を使いながら微細化を進めていった。90年代後半から日本に追いつき、90年代終盤には追い越した。日本は需要が見込めるのにもかかわらず投資をせず自滅した。

 ラピダスがいきなり2nmから始めるというのは、これまでの世界の半導体メーカーが経験したことのない実験だといえる。そのためには用意周到な準備が必要だ。

(つづく)


<プロフィール>
津田 建二
(つだ・けんじ)
国際技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長兼newsandchips.com編集長。半導体・エレクトロニクス産業を40年取材。日経マグロウヒル(現・日経BP)を経て、リード・ビジネス・インフォメーションで、「EDN Japan」「Semiconductor International日本版」を手がけた。同代表取締役。米国の編集者をはじめ欧州・アジアの編集記者との付き合いも長い。著書に『メガトレンド半導体2014-2023』(日経BP刊)、『欧州ファブレス半導体産業の真実』『知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな』(共に日刊工業新聞社)など。

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