2024年04月29日( 月 )

半導体産業国産化の挑戦の成否と求められる戦略(中)

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セミコンポータル 編集長
News&Chips 編集長 津田 建二 氏

 2022年11月、2nmプロセス開発を追求するファウンドリ会社、Rapidus(以下、ラピダス)が活動をし始めた。8月に設立された同社は73億円しか持たない資本金で、数千億円かかる半導体の製造請負サービスファウンドリ事業の活動を開始した。この事業は極めて困難で問題は山積しているが、失敗するとは言い切れない。問題を1つずつ解決していけば成功は見えてくる。業界トップのTSMCでさえ起業当時、そのファウンドリモデルは大いに疑問視された。当時、世界のトップを走っていた日本の半導体企業は、「やれるものならやってみろ」という「高見の見物」のような態度で、TSMCが成功するとは思っていなかった。ラピダスの成否を握る問題点を整理し、その成功の可能性を探る。

量産経験のない研究所

 (2)IBMやimecから技術を導入しても、両者は研究のみ行っており量産経験がないという意見も納得できる。研究所がシリコンプロセスを使ってICを試作することと、量産することはまったく次元が違う。数枚のウェーハのなかから1個正常に動作しても試作は成功したというが、数百分の1個では量産は無理。量産して顧客の要求に応えるためには、歩留まり(良品率)は80%以上に達しなければコスト的に見合わない。

 ラピダスが導入したIBM研究所は、3nmプロセスまで使われてきたFinFET(3次元トライゲート)構造に変わり、GAA(ゲートオールアラウンド)構造のトランジスタを試作したが、このトランジスタの面積は非常に小さく、単位面積(1㎟)あたりのトランジスタ数が3億3,000万個に相当することから2nmプロセスに相当するものだと評価した。

 GAAトランジスタを歩留まりよく生産できるかどうかは未知数であり、TSMCでさえも開発を始めて2年程度経つが、いまなお試作に成功していない。TSMCが2nmプロセスというときは、量産できる見通しが立ったことを意味すると思われる。GAAトランジスタとともにFinFETトランジスタの量産化の問題点を洗い出すという意味でも、ラピダスがTSMC出身者を採用することは不可欠だろう。

 (3)千歳市だけでは工場の水を賄えず、20kmも離れた苫小牧から水道を敷き直す、という問題は、工場の立地を千歳市に決めた最大の理由と関係する。社長・小池淳義氏は、1983年に千歳市に設立した日立北海セミコンダクタ(現・ミネベアミツミ)工場の水源が千歳市にあったことから、水は豊富だと考えていた。しかし、ラピダスの量産規模とプロセス工程数から見積もって、千歳市の水源ではとても間に合わないことが後で判明した。

 そこで、苫小牧東地区から水道管を敷くことを決め、国がその財源として200億円を支出することを決めたようだ。北海道はその財源を用意できなかった。

 (4)高圧ガスは法律上、青函トンネルを通過できないという問題について。半導体製造では高圧ガスが使用され、半導体工場が大規模ならそのそばにガス製造工場をつくるのが一般的だが、ラピダス工場の当初の規模ではコスト的に合わず、高圧ガスを北海道の外から運送するしかない。今のところ、船で運搬することが決まったと報道されており、これもコスト増の要因となる。

 新生ラピダスが高い目標を掲げる以上、コスト増は避けられない。量産プロセスだけを議論するのではなく、低コストプロセスの開発を同時並行的に進めなければ競争力はつかない。GAAのパイロットライン構想とほぼ同時に、あるいは共同して進めなければRapidなモノづくりはできない。

建設中のラピダス工場(新千歳空港のラウンジから著者撮影)
建設中のラピダス工場
(新千歳空港のラウンジから著者撮影)

先端のEUVにはトレーニング必須

 (5)2nmプロセスで欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置の操作を誰がトレーニングするのかという問題は、装置を工場に設置すればすぐに使えるものではないことに起因する。EUV露光装置を製造するオランダのASML社の協力が欠かせない。実際、TSMCが7nmプロセスからEUV露光技術を使い始めたことから、ASML社の社員4,500名が台湾に常駐しているといわれている。ASML社が日本にそれだけの数の技術者を常駐させてくれるだろうか。

 TSMCとASML社との関係は極めてよい。TSMCの創業者であるモーリス・チャン氏が創業時に出資してくれたフィリップスへの恩義を今でも忘れないからだ。ASMLはフィリップスからスピンオフしたリソグラフィ(※)装置の企業である。対して、インテルはTSMC創業時に出資をけんもほろろに断った。チャン氏は今でもこのことへの恨み節をあちらこちらで述べている。断ったのはインテルだけではない。日本の半導体企業も「やれるものならやってみな」という態度をとっていた(複数社から聞いた)。ASMLは日本企業に対して少なくともTSMCと同じ態度はとらないだろう。

 ASMLとの関係構築をさまざまな人脈を活用して築く必要がある。TSMCルート(TSMC出身者の採用など)やimecルート、さらにフィリップスルート(旧・松下電子工業ルート)、ASMLジャパンルートの構築など活用すべき人脈ルートは多い。

設計技術にはコメントなし

 (6)回路設計から配置配線レイアウト、マスク出力までの設計作業は誰が行うのか、という問題についてもいまだに小池氏からコメントがない。TSMCはファウンドリとして設計ツールをそろえ、少なくともマスク出力(GDSⅡ形式)までのデザインセンターのエコシステムを構築している。日本の大日本印刷やTOPPANなどはIC設計センターでTSMC向けの設計の支援を行っている。

 小池氏はこれに対して、ラピダスはファウンドリではなく垂直統合のRUMS(Rapid & Unified Manufacturing Service)だと述べているが、その設計実態については何も語らず、言葉遊びに終始していると見る向きは多い。設計はユーザーがマスク出力までは決してしないため、論理設計のRTL(レジスタ転送レベル)出力はまだしも、論理合成やネットリスト、配置配線・レイアウト、そしてマスク出力といった一連の設計工程を誰が受けもつのか、具体的な作業工程についてはまったくの白紙のようだ。

 ラピダスは言葉遊びに終始せず、責任ある言葉で行動できる実働部隊を早急につくり、設計請負企業(デザインハウス)とのエコシステム構築を行うべきで、そのためには設計を熟知した人たちを採用するか活用することが欠かせない。

(つづく)


<プロフィール>
津田 建二
(つだ・けんじ)
国際技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長兼newsandchips.com編集長。半導体・エレクトロニクス産業を40年取材。日経マグロウヒル(現・日経BP)を経て、リード・ビジネス・インフォメーションで、「EDN Japan」「Semiconductor International日本版」を手がけた。同代表取締役。米国の編集者をはじめ欧州・アジアの編集記者との付き合いも長い。著書に『メガトレンド半導体2014-2023』(日経BP刊)、『欧州ファブレス半導体産業の真実』『知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな』(共に日刊工業新聞社)など。

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