2024年06月16日( 日 )

【トップインタビュー】コロナ禍中に「逆張り」出店攻勢でV字回復

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(株)タケノ
代表取締役社長 竹野孔 氏

 居酒屋「竹乃屋」などを展開する(株)タケノは、コロナ禍中に積極的な出店攻勢をかけ収束前の2021年度には九州の飲食業界で売上高伸び率No.1を達成。その後も大幅増収を続けている。他社が守りを固めるなか、真逆の選択を採った要因や現在の市場・業界環境などについて代表取締役社長の竹野孔氏にうかがった。

コロナ禍中に覚悟の33出店

(株)タケノ 代表取締役社長 竹野孔 氏
(株)タケノ
代表取締役社長 竹野孔 氏

    ──直近に出店した店舗がいずれも好調とうかがっています。外国人観光客も数多く見かけますが、既存店の回復度はいかがですか。

 竹野孔氏(以下、竹野) 昨年11月に西鉄久留米駅店を、今年3月にみずほPayPayドーム福岡とアミュプラザみやざきに「竹乃屋」を出店しました。おかげさまでいずれも順調に推移しています。業績面も大幅増収を評価していただきますが、それだけコロナ禍での落ち込みが激しかったということでもあります。既存店は立地条件や周辺環境によって回復しきれていない店舗もあり、全店平均でコロナ前の85%程度といったところです。

 ──国策ともいえる外食控えが拡がり飲食店の撤退・休業が相次ぐなか、御社は出店ラッシュで対応しました。

 竹野 コロナ期間に33店舗出店しました。通販や催事への参加でしのいだ時期もありましたが、長く既存店売上ゼロの時期があったのが実情です。多くの社員に反対され残念ながら私と価値観を共有できずに退社を選択した人たちもいます。金融機関からも「今は攻める時期ではない」というアドバイスをいただきました。しかし、現在当社が生き残れたのは攻めの姿勢を貫いたからこそだと確信しています。

 ──撤退の意思決定も猛烈なスピードでした。

 竹野 20店舗以上閉鎖しています。当社が撤退数日本一だと自認しています(笑)。もちろん、どの店舗も失敗するつもりで出店するわけではありません。相応の初期投資もかかっていますし、社員から「減価償却も終わっていないのに」といわれる店もあります。しかし、それ以上続けると出血量が増えるばかりです。コロナ禍はとりわけ物事が計画通りいかず不測の事態の連続でした。目の前のことに全力投球しながら朝令暮改の連続で乗り切っていきました。

窮地を救った主力商品とメイン業態

博多ぐるぐるとりかわ
博多ぐるぐるとりかわ

    ──コロナ禍で蓄えた知見や自社の強みの再認識があったのではないでしょうか。

 竹野 当社の回復は看板商品「博多ぐるぐるとりかわ」の存在抜きには語れません。竹乃屋のメニューは100アイテムほどですが、「博多ぐるぐるとりかわ」は月間80万本を売り上げる商品に育ちました。2019年に売り出したところ潜在力のある商品であることがわかりました。そこで本腰を入れようと準備した矢先にコロナ禍に突入しました。そのため一気にブランディングして全面展開を急いだところ、爆発的な人気を獲得し博多名物の1つに数えられるようになりました。竹乃屋といえば「博多ぐるぐるとりかわ」とまで言っていただくようになりましたが、実は開発したのは「焼とり権兵衛」さんというお店なのです。

「ご縁」を軸に描く成長戦略

 ──人手不足が深刻な業界にあって人材確保を維持されています。その秘訣はなんでしょう。

 竹野 当社も厳しい状況に変わりありませんが、今年は新卒14名、即戦力の経験者ら中途採用20名、外国人特定技能実習生41名に入社していただきました。これにより正社員200名、パート・アルバイト1,250名という陣容になりました。秘訣というほどのものではありませんが、とにかく入口を増やすこと。そして一定の賃金水準を守ることは最低条件だと思います。パート・アルバイトは、時給1,000~1,200円は必要です。そのうえで賃金アップもしていかなければ大手や異業種に太刀打ちできません。その増額分だけで今期1,800万円のコスト増となりますが、今後はさらに採用難になることを想定し対応していかないといけないでしょう。飲食業のやりがいや面白みを伝えるにしても、まず入社してもらわないことには始まりませんから。

 ──今後の出店計画はどういったものになるのでしょうか。

 竹野 直近ではこれまでに取り組んでこなかった立地や業態でのお話をいただいており、遠からず皆さまにも発表できると思います。ただし、あくまでもこれらはブランディング用の進出で高収益を上げられるとは考えていません。ご存じのように当社はかつて郊外のロードサイドを中心に展開していましたが、時代とともに外食のスタイルが変化したことで駅中や駅前立地へシフトチェンジをしてきました。外部環境は今後も変化していくでしょうが、当面現在の流れが続くと感じていますのでしばらくは鉄道沿線への出店が中心となるでしょう。

 苦しいなかでも出店を続けたこともあり、ありがたいことに出店に関しては全国の好立地からさまざまなお話をいただくようになりました。ただし、まずは山陽新幹線沿線駅、九州の駅立地へ出店していくことが現実的です。

 ──FC展開や海外出店はいかがでしょうか?

 竹野 コロナ禍ではフランチャイジーとしてさまざまな業態に挑戦しました。ところが、どれもうまくいきませんでした。立地を含めて多様な要因があるのでしょうが、結局一番強かったのが「竹乃屋」だったのです。背景には看板商品「博多ぐるぐるとりかわ」の存在もあるでしょうが、フランチャイジーは収益構造としてもハードルが高くなるので、しばらくは「竹乃屋」一本で勝負していきます。

 当社がフランチャイザーとしては「竹乃屋」のFC展開を準備している最中にコロナ禍になり見直しを余儀なくされました。こうしたなかで昨年4月に朝倉市にFCの「竹乃屋」甘木駅前店を開業しました。これは先方からのお声掛け・問い合わせによって実現したものでいわば「ご縁」による出店です。抽象的なようですが、今後の出店は直営店も含めすべて「ご縁」が重要な要素になります。コロナ禍では計画通りにいかないことばかりで未曾有の事態も起きうることが浮き彫りになりました。当社ではコロナ禍を機に中期事業計画を取り止め、単年度計画のみ立てるスタイルに変更しました。また、直営店での海外展開は考えていません。他社の例を見ても飲食業で成功するには経営者自身が移住して本気で取り組むことが不可欠というのが私の結論です。ただし「ご縁」によるFCでの出店は十分にあり得ます。実際に中国、北米でお話をいただいています。良い「ご縁」であればお任せしたいと考えています。

 ──単年ベースでの事業計画に専念する一方で企業永続化へ向けた取り組みも必要な時期に入ってきたのではないでしょうか。

 竹野 最も可能性が高いのがIPOです。売上急降下やV字回復など波乱万丈ありましたが、前期の売上高が57億円まできました。100億円を突破すれば現実味を帯びてくると思います。いたずらな拡大路線はしませんが、「ご縁」をつなぎながらまずはそこを目指していくことになります。

窮地の時こそ業界に尽す

とりかわ竹乃屋 鷹正(みずほPayPayドーム福岡内)
とりかわ竹乃屋 鷹正
(みずほPayPayドーム福岡内)

    ──ただでさえ自社が存亡の危機ある時期に業界団体の代表など公職にも全力で取り組まれました。

 竹野 コロナ禍に入ったときに(一社)福岡県料飲業生活衛生組合連合会(以下、料飲組合)の会長に就任いたしましたが、お受けした以上、平時より一層力を注がなければなりません。もともと料飲組合は、戦後の混乱期に発足したもので飲食業界の衛生環境改善を目的にした組織です。当初の目的はすでに達成し親睦会的な色合いが増していましたが、コロナ禍で環境が一変しました。加盟社3,500名の力が必要となったのです。行政、政府への積極的な働きかけもあり、時短営業に協力した飲食店には協力金をいただくことができました。業界として協力金をいただくことができたのは飲食業界だけです。残念ながら多くの仲間が閉鎖していきましたが、協力金がなければさらに深刻な状況に陥っていたでしょう。

 今後もやるべきことはたくさんあります。たとえば現状での飲食業界のキャッシュレス化の進捗度合いは約40%です。ずいぶん浸透しましたが、アパレルなどほかの小売業界より遅れているのが実情です。背景にはクレジットカード会社やキャッシュレス決済代行会社への手数料負担の大きさがあります。業界によっては1%程度に抑えられているとも聞かれますが、飲食業界は約4%が目安になります。支払いが遅れるなど金融事故が発生する「事故率」の高さが原因と説明されています。キャッシュレス決済代行会社の料率はもう少し低いですが、当社を例にするとこれらの手数料負担が月間約500万円に上ります。利益率の低い飲食店は導入したくてもできないのが実情です。いくら政府がキャッシュレス化に力を入れてもこの問題が解消されない限り普及していかないでしょう。行政や自治体、クレジットカード会社への働きかけを一層強化して問題解決に取り組みたいと思います。

 ──業界や加盟社のために尽力する原動力は何でしょうか。

 竹野 ご存じのように私は破綻した父の店の後を引き継ぎ、素人同然でこの業界に入りました。文字通り手取り足取り育ててくださったのは業界の先輩や地域の皆さまです。彼らはもはやこの世におられず恩返しはできません。「業界の仲間や後輩たちに恩送りすることでお返ししていきたい」というのが行動の根幹となっています。

 ──改めて荒波を砕いた要因はどこにあるのでしょうか。

 竹野 信じ切るということです。「コロナは必ず終わる」―そう信じることで周囲の反対にもかかわらず出店に舵を切りました。だからこそ、経済が再稼働した現在では確保できない好立地、好条件の店舗を出店することができました。そして最終的には「運」が良かったと思います。先輩らから「運が良い人と付き合いなさい」と言われてきましたが、さまざまなことに正面から取り組むなかで運の良い方々に恵まれた結果だと思います。

【鹿島譲二】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:竹野孔
所在地:福岡市博多区博多駅南4-18-27
設 立:1979年4月
資本金:5,000万円
売上高:(24/3)57億円


<プロフィール>
竹野孔
(たけの・とおる)
1955年6月8日福岡市生まれ、76年大学1年生のとき、父親が食堂を廃業したことをきっけかに、自身で焼鳥屋「豊竹」を創業。79年に法人化。居酒屋「竹乃屋」をはじめ、肉バルなど約50店舗を展開。趣味はハーレーでのツーリング。福岡県料飲業生活衛生組合連合会・代表理事。

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