熊本県菊陽町の「セミコン通勤バス」の展望(後)
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運輸評論家 堀内重人
熊本県菊陽町の通勤バスが、注目されている。半導体企業が集積するセミコンテクノパークという工業団地に台湾積体電路製造(TSMC)が進出したことを契機に、JR豊肥本線の原水(はらみず)駅が利用者を増やしている。2023年度の利用者数は、増便の効果で前年度の1.6倍に急増するなど、好調である。菊陽町は慢性化する道路交通渋滞の緩和策の柱と位置付け、利便性の向上に力を注いでいる。
利用者数の推移
利用者は、2020年度はコロナ禍で減ったものの、その年度を除けば年々増えている。22年度は延べ16万6,536人と、3年ぶりに過去最多を更新した。さらに、23年度の4~8月は、1日当たりの利用者数が平均で800人台だった。ところが、同年8月に一部の業務が始まったTSMCの新工場も経由するようになり、26万6,488人と一気に10万人近く増え、1日平均の利用者数が初めて1,000人を超えた。さらに、9月になるとTSMCの従業員が台湾から移ってきたことから利用者数は大きく伸びて、1,100~1,400人台で推移する。
繰り返される増発
通称「セミコンバス」の需要が高まることに合わせ、増便も続けられた。運行開始から21年度までは、朝と夕で計16便を運行して対応していたが、23年8月のTSMCの新工場の完成と翌9月には台湾の社員が熊本に移住したこともあり、利用者数が大幅に増えた。それにともない、23年10月までに段階的に38便に増やしている。
また24年1月からは平日だけの運行に加え、土日・祝日の運行も始まった。さらに4月には、年度初めであることにともない、新入社員の研修生の利用も見込んで期間限定ではあるが最大で44便まで増やした。大型連休明けの5月7日以降は41便を運行していた。工場における研修は、新入社員が配属される部署により大きく異なる。経理課や人事課などの総務畑へ配属が決まっている新入社員は、大まかな業務内容が把握できれば良いため1カ月程度の研修で良いが、技術系の部署に配属される新入社員は実際に機械を操作するなどして製造体験を経ないと製品開発を行う際に支障をきたす。そうした長期間の社員研修に対応して増便していたとみられる。
利用者の感想
利用者が増えてバスが増便されることに関して、工業団地に通勤する25歳の男性は、地元紙や菊陽町へのヒアリングに、「ようやくバスに座れる余裕が出てきた。今後も、今の便数を維持してほしい」(熊本日日新聞/5月5日)と、概ね高評価。別の23歳の男性は、「原水駅のバス乗り場に、自動販売機や休憩所があるとありがたい。利用者の多さを考えると、原水駅の設備の拡充も必要ではないか」(同)と、さらなる利便性の向上に期待をにじませる。
原水駅のバス乗り場(ロータリー)には上屋が備わっているため、雨天の日でも傘を差さずにバスを待つことができ、ベンチも備わっている。一般的に、バス乗り場に対する不満としてアンケートなどで多く挙げられるのが、「上屋がない」「ベンチがない」「バスがいつ来るかわからない」など。菊陽町の「セミコンバス」に関しては運行が朝夕に限られるため、大都市の路線バスで実施しているようなバスロケーションシステムを導入する程ではない。また「上屋」と「ベンチ」が備わっており、定時運行ができているため、基本的なサービスは実施されているといえる。
菊陽町は、道路交通渋滞の緩和に向けて工業団地周辺の道路整備を実施しているが、道路建設には時間と多額の予算が必要となる。そのため、鉄道や路線バスなどの公共交通機関の利用促進や時差通勤の呼び掛けで、朝夕の道路交通渋滞の緩和を目指している。心理学的な手法を用いて通勤者の意識変革を促す「モビリティー・マネジメント」を実施しているのだ。
今後の課題
菊陽町では、通称「セミコンバス」という、通勤バスの利便性向上も進めたい考えである。まずは、23年5月に整備した原水駅北口のロータリーにトイレを設けたいとしている。そして上屋に関しても屋根を広げる計画がある。利用者からの要望が多い増便についても、「利用状況を見ながら、今後も必要に応じて検討したい」としている。
地方のバス事業者は運転手が集まらず、バスの休廃止や減便、または地域住民の日常生活の足を確保するため、ドル箱である高速バスを減便して生活交通の確保に尽力するバス事業者もある。
バス事業者としてみれば生活路線を独立採算で維持する考え方は成立しないが、国や自治体などからの欠損補助が貰えるため、考え方を変えれば、運賃以外で安定した収入が得られる。一方の高速バス事業は、利益率は良いもののコロナ禍で利用者が激減しただけでなく、景気状況により利用者数が変動する不安定さがある。そうなると、収入が読みやすい生活路線に軸足を移すのは当然ともいえる。
今後、TSMC社は30年までに第二工場の建設を予定しており、それにともなって周辺のマンションやアパートの建設が進むことも予想されている。地元紙『熊本日日新聞』などでは経済波及効果が10.5兆を見込むとする報道もあり、そうなると、より定員が多い連接バスの導入も視野に入れる必要がある。しかし、連接バスは車両の価格が通常のバス車両より2倍以上も割高になる上、従来の大型二種免許に加えて「牽引」の免許も必要になるため、運転手の確保が困難になる。
結論
熊本県菊陽町のような事例は、日本各地でも課題となっている。宇都宮市のように、芳賀工業団地への通勤客に対してLRT(軽量軌道鉄道)を導入して、自家用車から公共交通へのモーダルシフトを実施している自治体もある。こうした取り組みを全国の小規模な自治体に広げることは難しいが、菊陽町の取り組みは比較的汎用性の高いものといえるのではないか。
路線バスの利用者が減少して自家用車通勤が増えている自治体もあれば、路線バスが完全に廃止された自治体もある。後者のような自治体の場合、工業団地への通勤者のために路線バスを設定するとなれば、「クラブ財」(準公共財産)的な考え方を導入することも検討しなければならない。
運賃収入だけで路線バスを維持することは困難であるため、工業団地にある企業が出資を行って基金をつくり、欠損補助の原資とすることも望まれる。そうすることで、路線バスの再生と道路交通渋滞の緩和に貢献すると考える。菊陽町の取り組みが、日本全国に普及することを願いたい。
(了)
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